それぞれの浴衣
期末試験が終わって数日。
教室の空気は少しずつ夏へと移り変わっていた。
窓から差し込む日差しも、蝉の声も、どこか落ち着かない。
その理由は――もうすぐ開催される「駅前花火大会」。
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「浴衣、どうしようかなぁ……」
昼休み、早乙女玲奈が自分のスマホ画面を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……似合いそうだね。淡い色とか、意外と」
咲が隣からのぞき込みながら微笑む。
「咲も着る?」
「うん。せっかくだし……。この間、お母さんが出してくれて。
ちょっとだけ練習したんだ、帯の結び方とか」
「すごい……! わたし、浴衣のときって、帯ぐしゃぐしゃになっちゃうんですけど……」
「志賀さんなら、ツインテールで浴衣とか、絶対映えると思うけどな」
「そ、そうですか……!? せんぱいもそう思います!?」
蓮はうっかり飲んでいた麦茶を吹きそうになった。
「……い、いや、たぶん似合うと思うよ」
「っしゃあ!」
楓がこぶしを握り、なぜか決意を固めていた。
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放課後。
それぞれが部活や補習へと向かう中、教室に残っていたのは蓮と黒瀬結愛だけだった。
「……蓮くん、花火大会って、行く予定あるの?」
「うーん、みんなでって流れになってたけど、詳しくはまだ」
「……そうなんだ」
結愛は少しだけ視線を落とす。
「わたし、浴衣持ってるんだけど……もう何年も着てなくて。
花火大会で着られたら、いい思い出になるかなって思って」
「似合うと思うよ」
「えっ」
「黒髪で落ち着いてるし、きれいな浴衣姿が想像できる」
「……ありがとう。じゃあ、ちゃんと着ていくね」
ほんの少し、結愛の声が弾んだ気がした。
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その夜。
志賀楓は、自室で一人、鏡の前に立っていた。
「せんぱいに“似合う”って言われちゃったし……」
目の前のラックには、祖母が残してくれた古風な小花柄の浴衣。
どこか大人びていて、いまの自分にはまだ背伸びかもしれない。
(でも……負けたくない)
(私はまだ“好き”って伝えてない。だからこそ、次の花火大会で――)
(せんぱいに、ちゃんと振り向いてもらえるように)
手を握りしめたその顔には、迷いではなく決意があった。




