ギャルの勘と、鋭すぎる直感―早乙女玲奈
早乙女玲奈は、自分の勘には絶対の自信がある。
人の嘘やごまかし。言葉の裏や、感情の起伏。
目を見れば、だいたいわかる。
そして最近、その勘が騒ぎっぱなしだった。
相手は――朝霧蓮。
進学コースの男子。陰キャで、無愛想で、話題にすら上がらなかった地味な存在。
それが今や、学年1位を連続キープし、運動でも実力を見せ、三大聖女の視線を集めている。
「……なんなの、マジで」
玲奈はつぶやきながら、スマホの画面をスクロールする。
進学コースの上位成績一覧、学園掲示板の写メ、体育祭の動画――どれも“陰キャ”の範疇を超えていた。
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(最初に「ん?」って思ったのは、咲が朝霧に話しかけたとき)
姫川咲。お堅くて、近寄りがたい正統派美人。
その咲が、あの地味男と廊下で自然に話していた。
次に気づいたのは、黒瀬結愛の目線。
授業中、あの完璧女がノートを止めて、朝霧の方を見てた。
(あれ、黒瀬さんが気にするような男じゃなかったじゃん)
なにかが、おかしい。
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そんな玲奈の疑念にとどめを刺したのが――体育祭の映像だった。
リレーの補欠で急に走らされた朝霧が、陸上部顔負けの走りで爆走していた。
動画の再生を止め、スマホを伏せる。
(地味で目立ちたくなさそうな奴が、なにさりげなく走ってんの。あれガチじゃん)
(本気出してないのに、あのレベル。なにそれ)
そして、思い出す。
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――中学時代の帰り道。
部活仲間と遊んだ帰りに立ち寄った商店街の横道。
荷物を持ってふらついたタイミングで、暴走した自転車が正面から突っ込んできた。
避けきれず、玲奈は目をつぶった――そのとき。
「危ない!」
誰かが彼女を突き飛ばし、代わりに接触した。
軽く流血していたその少年は、何も言わず立ち上がり、
「ケガない?」とだけ聞いて、すぐに去っていった。
制服はよく見えなかった。
でも、その声と目だけは、ずっと残っている。
(……朝霧、じゃないの?)
いや、似てるだけかもしれない。
けど――似すぎている。
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ある日の昼休み。
玲奈は、偶然すれ違った蓮に、いつもの調子で声をかけた。
「ねえ、ちょっといい?」
蓮は立ち止まる。
玲奈は、笑って首を傾げた。
「中学のときさ、人助けとかしたことある?」
蓮は少しだけ考えてから、淡々と返す。
「……そういう場面に居合わせたことは、何度かある」
「そ。じゃあ、どこかで私も助けられてたかもね?」
蓮は一瞬、玲奈の目を見て、そしてわずかに口角を上げた。
「……その可能性は、否定しない」
「ふーん……まあ、仮にそうだとしても――」
「――惚れてないから安心して?」
そう言って玲奈は笑いながら先に行こうとしたが、すぐに立ち止まった。
「……でもさ。あんたのこと、“ただの陰キャ”って思ってたの、撤回するわ」
蓮は驚きもせず、ただ「そう」とだけ返す。
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その日の放課後。
玲奈はひとり、屋上で風に吹かれていた。
「運命って、信じてないけどさ……」
スマホの画面を見ながら、小さく笑う。
「これでマジで“あの時の人”だったら――さすがに、信じざるを得ないじゃん」
視線の先には、グラウンドを歩く蓮の姿が小さく映っていた。
直感が告げていた。
(あいつ、たぶん本物)
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帰宅途中の電車の中。
玲奈はイヤホンをつけず、外の景色を眺めながら呟いた。
「……面白くなってきたじゃん、朝霧くん」
そして心の中で続けた。
(惚れてないけど、もっと見たくなってる)