気づけば、まわりは
2年の1学期。
梅雨の晴れ間に、少し蒸し暑さが残る放課後。
“いつも通り”だったはずの教室が、ゆっくりと変わり始めていた。
⸻
【朝】
教室に入ると、姫川咲が俺の席までやってきた。
手に持っていたのは、以前ふたりで行った猫型ロボット展のパンフレット。
丁寧に付箋が貼られ、細かなメモまで添えられている。
「おはよう、蓮くん。……この前の展示会、まとめてみたの。
また行けたらいいなって思って」
「すごいな、姫川さん。俺、こういうの整理するの苦手で」
「ふふっ、好きなことの話を、好きな人と共有できるのって……すごく幸せなことだから」
咲は穏やかに微笑みながらそう言って、少しだけ恥ずかしそうに視線を外す。
「次は、私が案内する番。楽しみにしててね、蓮くん」
その言葉に、俺は少しだけ胸が熱くなるのを感じた。
⸻
【昼休み】
「朝霧くん」
「黒瀬さん。買い物?」
「うん。ちょっと飲み物。……ねえ、前に話してた小説、読んだ?」
「読んだよ。なんか思ってた展開と違って、びっくりした」
「でしょ? あの静かな終わり方、すごく好きなの」
黒瀬さんは、話しながら少しだけ表情をほころばせたあと、
ふと、緊張したような、恥ずかしそうな顔を見せた。
「……さっき咲が“蓮くん”って呼んでて……なんか、いいなって思って」
一瞬、俺の動きが止まる。
結愛も、一拍おいて、小さな声で続けた。
「だから、私も……これからは、蓮くんって、呼んでもいい?」
「……もちろん」
そのやりとりは短かった。
でも、それは確かな“変化”だった。
⸻
【放課後】
「じゃーん! 今日のご褒美セット、設置完了~」
席に戻ると、俺の机の上にはカフェオレとプリンが並んでいた。
そして隣の席には、さも当然のように早乙女玲奈が座っている。
「これ、早乙女さん……?」
「そ。最近、蓮くんちょっと疲れてそうだったし、甘やかしたくなっちゃったんだよね~」
「……ありがとう。嬉しいよ」
「やったー、ちゃんと受け取ってくれた! ポイント加点!」
いつもの明るい調子。でも、その奥にある真剣な気持ちは伝わってくる。
「好きって言ってから、ちょっとだけ勇気出せるようになったかも。……次はもっと自然に言えるといいなって」
玲奈は少し照れたように笑って、それでも目は真っ直ぐだった。
⸻
【図書室】
放課後の図書室。
志賀楓は参考書を開いていたものの、視線はずっと窓の外に向いていた。
(咲さんも、結愛さんも、早乙女さんも……みんな、すごく自然に“せんぱい”と距離を縮めてる)
(私も、一度は勇気を出して……デートに誘った。ちゃんと、がんばったつもりだった)
でも、今日のみんなの姿を見て、はっきりと感じた。
(私、まだ全然届いてない)
(あのとき“好き”って言った。それだけじゃ、だめだったんだ)
本を閉じ、立ち上がる。
(せんぱい。次は、もう一歩――もっと私を見てもらえるように、ちゃんと動く)
その目には、静かだけれどはっきりとした決意が宿っていた。