静かに熱くなるー黒瀬結愛
放課後の図書室。
窓から差し込む光が、本棚の影をゆっくりと揺らしていた。
本棚の陰から黒瀬結愛が顔をのぞかせる。
「結愛がここに呼ぶなんて、ちょっと意外だった」
「静かな場所じゃないと、ちゃんと話せる気がして」
結愛の手には、文庫本が一冊。
「……これ、前に朝霧くんが探してた本。偶然見つけたから、渡したかった」
「ありがとう。よく覚えてたね」
「……言わなかったけど、わりと見てた」
蓮はその言葉に一瞬驚いた顔をしたが、すぐに微笑んだ。
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図書室を出たあと、ふたりは人気の少ない通りを歩く。
「この先に、小さなカフェがある。……よかったら、少しだけ」
店内は落ち着いた照明と静かな音楽が流れる、雰囲気のある空間だった。
紅茶を受け取って席に座ると、結愛はしばらくカップを見つめていた。
そして、小さな声で切り出す。
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「朝霧くん。……私、ずっと“言わなくても伝わる”って思ってた」
「でもそれって、何かが変わるのが怖かっただけ」
「そばにいて、静かに見てるだけなら……この関係は壊れないって。そう思い込んでた」
「……でも、それってただ逃げてただけだったって、最近ようやく気づいた」
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ゆっくりと視線を上げて、蓮を見つめる。
「私は朝霧くんのことが好きです」
一瞬の沈黙。
言ったあと、結愛の手がわずかに震えていた。
「ずっと前から。でも、怖くて伝えられなかった」
「だけど、今日……ようやくちゃんと口にできた」
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言い終えると、結愛は小さく息を吐く。
「答えは急がなくていい。それは本気でそう思ってる」
「でも、これからの私は、前と同じじゃいられない」
「静かでいるのが楽だった。でも、それだけじゃもう足りないと思った」
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カフェを出たあとの帰り道。
並んで歩いていた足を、結愛がふと止める。
「……今日、ちゃんと話せてよかった」
「でも、まだ足りない。次は、もう少しだけ踏み込んでみる」
「そのときは、“私のこと”を、もっと見てほしい」
そう言って、結愛は振り返らずに歩き出す。
その背中は、静かで、でも確かな意志を宿していた。
「……楽しみにしてて」
その声はかすかに揺れていたが、最後までまっすぐだった。




