ずっと、となりにいたいからー姫川咲
土曜日の午後。
陽射しはやわらかくて――静かな時間だった。
公園の一角、小さな噴水の近く。
ふたりが以前訪れた場所だった。
「……ここのベンチ、空いてた。ラッキーだね」
姫川咲がそう言って、微笑みながら腰を下ろす。
隣には、蓮。
「もう2年生になったんだね。1年生のときの私は――ただ気になってるだけだった」
咲は少しだけ笑って、自分の靴先を見つめた。
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「ねえ、朝霧くん。……昔、私が朝霧くんに助けてもらった話、覚えてる?」
「……確か遠足で怪我をしたって…」
「うん。あのとき、困ってた私に手を差し伸べてくれた人。
記憶はあいまいだったけど……でも、蓮くんを見た瞬間、
“たぶん、この人だ”って思ったの」
「でもね、今はそれだけじゃない」
咲は、静かに顔を上げた。
「今の私は、“誰かに助けられたから好き”なんじゃなくて――
朝霧くん……蓮くん自身が好きなんだよ」
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少し風が吹いて、咲の髪がふわりと揺れた。
「最近ね、楓ちゃんも、玲奈ちゃんも、結愛ちゃんも……みんな、すごく頑張ってるよね。
その姿を見るたびに、私も、ちゃんと前を向かなきゃって思ったの」
「ずっと、“このままでいい”って思ってた。
そばにいられるなら、それだけでって。
でも、それじゃ届かないって、気づいちゃったんだ」
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「私、蓮くんのこと――好きだよ」
その言葉は、ゆっくりと、でも確かに彼の胸に届いた。
「助けてくれた人だから、じゃなくて。
今のあなたを、ちゃんと見て、ちゃんと好きになったんだって、そう言いたくて」
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蓮が返す言葉を探している間に、咲は小さく息を吐いた。
「……答えは、今じゃなくていいよ。
私、誰かと比べて勝てるかどうかなんて、わからない。
でも――負けたくないって、思えるようになった」
「だから……また、会ってくれる?」
「次は、もっと笑わせたいな。もっと驚かせたい。
びっくりするくらい可愛くなって、次も蓮くんに、“今日、よかったな”って思わせたいの」
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立ち上がった咲の背中は、少しだけ強くなっていた。
静かな噴水の音が、ふたりの沈黙を包み込んだ。