はじめての、ふたりきりー志賀楓
放課後の図書室。
帰り支度をしていた朝霧蓮のもとに、小さな影がそっと近づいた。
「せ、せんぱい……!」
声の主は、志賀楓。
制服の袖をぎゅっと握りしめ、思い切ったように蓮の前に立っていた。
「……どうしたの?」
「あの、えっと……」
楓は何度か口を開いては閉じ、小さく深呼吸をしてから――目を見て言った。
「せんぱい、今度の、日曜日……空いてたり、しますか……?」
「日曜日?」
「はいっ! べ、べつに大したことじゃないんですけど……あの、駅前のモールに行きたくて……」
「うん?」
「せんぱいと、ですっ」
言い切った楓の頬は真っ赤だった。
「……そっか。いいよ。行こうか」
「……っ!!」
一瞬で顔がぱあっと明るくなり、両手で口元をおさえた楓。
「わ、私、いま……誘えました……!」
「うん、ちゃんと伝わったよ」
「やったぁ……! じゃ、じゃあ、日曜の午後、改札前で待ってますっ!」
⸻
日曜日、午後。
駅前のショッピングモールの入り口に、先に来ていた楓がいた。
白とピンクを基調にしたカーディガン、胸元に小さなリボン。
普段より少し背伸びした服装に、彼女は何度もスマホの画面を見ては鏡をチェックしていた。
「せ、せんぱい、来てくれるかな……あっ」
遠くから歩いてきた蓮を見つけて、ぱっと顔が明るくなる。
「せんぱいっ!」
「お待たせ」
「い、いえっ! いま来たところですっ」
典型的なテンプレを自分で言ってから、顔を覆う楓。
「わー、もう恥ずかしい……っ!」
「似合ってるよ。その服」
「……ほ、ほんとですか!?」
くるっと一回転して見せながらも、視線は落ち着かず足元ばかり見ていた。
⸻
「このお店、わたし好きで……よかったら、一緒に見ませんか?」
文房具や雑貨が並ぶおしゃれなショップ。
「こういうところ、来たことあります?」
「妹がいるから、たまに一緒に来るよ」
「……妹さん、かわいいんだろうなぁ……。あっ、ちがっ、なんでもないです!」
楓はまたもや自爆して顔を真っ赤にする。
⸻
次は本屋、次はカフェ。
「せんぱいって、苦いのと甘いの、どっち派ですか?」
「んー、どっちかっていうと甘い方かな」
「じゃあ、私と同じ……ふふっ。やった……!」
だんだんと、距離が縮まっていく。
けれど、カフェのカップを持つ楓の手は、ほんの少し震えていた。
「……緊張してた?」
「……バレてました?」
「うん。でも、無理しなくていいよ」
「……今日は、がんばって“せんぱいにかわいいって思ってもらう日”にしたかったんです」
そう言って笑った楓は、どこか誇らしげだった。
⸻
夕方。
帰り道の階段の前、楓が足を止める。
「せんぱい。今日は、ほんとに、ほんとにありがとうございました」
「俺も楽しかったよ」
「……また、誘ってもいいですか?」
「もちろん」
その一言に、楓は胸元を押さえながら、小さく飛び跳ねた。
「っふふっ……やったぁ……!」
けれどすぐに恥ずかしくなったのか、背中を向けると両手で頬を隠す。
「せんぱい、今日はもうこれ以上見られると……照れすぎて倒れるかもしれません……! じゃ、じゃあまた学校でっ!」
勢いよく去っていく楓の背中に、蓮は小さく笑った。