そして動き出す
春の午後。
教室には静かな光が差し込み、生徒たちはそれぞれの昼休みを過ごしていた。
朝霧 蓮は、いつも通り自席でプリントを読み込んでいたが、ふと隣に目をやる。
(……姫川さん?)
咲がそっとこちらを見ていて、すぐに目を逸らした。ほんのりと頬が赤い。
(……なんだろう)
何かが昨日と違う――そんな空気を、蓮は漠然と感じていた。
──
昼休みが始まって間もなくのことだった。
「ねえ朝霧くん、よかったらお昼……」
姫川 咲が、少し勇気を出した様子で声をかける。
「あ、えっと――」
その声が終わる前に。
「朝霧くん、これ、借りてたノート返すね。あっ、よかったら一緒にごはんどう?」
黒瀬 結愛が、自然を装ったようなタイミングで割って入ってくる。
「えっ……」
戸惑う蓮に、さらに。
「ねー蓮くん! 今日、購買行く? 一緒に行こうよ! ついでに昼もさ!」
早乙女 玲奈が明るく割り込んできた。
「えっと……」
蓮が完全に戸惑っていると――
「せんぱいっ! あっ、もしかしてお昼中でした?」
志賀 楓が、ちょっと小走りに近づいてきた。
「せっかくだし、ここで一緒に食べても……だめですか?」
「……いや、いいよ。席も広いし」
蓮が頷くと、楓が嬉しそうに笑って腰を下ろす。
四人の視線が、ふわりと交差する。
(わたし、最初に誘ったのに……)
(なんか、空気が重い……)
(これ、完全に戦場だよね)
(やば……でも、退かない)
火花まではいかないが、静かな牽制がテーブルの上に広がっていた。
──
会話は自然と勉強の話に移っていく。
「2年生になってから、一気に進んだよね」
「ほんと、数学の先生エンジンかかりすぎ!」
「朝霧くん、そういうのすぐ理解できるのすごいよね」
「可愛い後輩に勉強教えてください!」
「目標があれば、なんとかなるよ」
蓮が照れたように笑うと、その場の雰囲気が少し和らいだ。
──
その日の帰り道。
「なあ、蓮」
親友・篠原 翼が、隣で肩を並べながら言った。
「……なんだよ」
「おまえ、咲に、黒瀬に、早乙女に――で、今度は志賀まで」
蓮が立ち止まり、少しだけ眉をひそめる。
「何が言いたい」
「……そろそろ気づいてんだろ。
みんな、おまえのこと、普通じゃない目で見てるって」
蓮は黙ったまま、前を見つめた。
「どこかで選択しないといけないぜ」
「……選択…か」
「ま、俺の勝手な意見だけどな」
そう言って、翼は少し先を歩き出す。
(みんなの気持ち……)
蓮は静かに歩き出しながら考えた。
(この春……何かが、本当に変わり始めているのかもしれない)
恋の行方は少しずつ、確かに動き出していた。




