春嵐
春の午後。
図書室の窓から差し込む光が、静かに本棚を照らしていた。
志賀 楓は、手に持ったリストを見ながら、新着書籍の整理をしていた。
(本好きだし、こういうの嫌いじゃないけど……)
ふと顔を上げる。
少し離れたテーブル席で、朝霧 蓮がノートに何かを書き込んでいる姿が見えた。
(……せんぱい今日も来てる!)
自然に息が深くなる。
声をかけたい、でも勉強の邪魔はしたくない…終わったら声をかけよう。気持ちをぐっとこらえながら、棚に向き直った――その時。
「……ごめんね、そこ、見てもいい?」
ふと横から声をかけてきたのは――姫川 咲だった。
本を一冊抱えて、静かな笑みを浮かべている。
「えっ……あ、はい。どうぞ」
「ありがと。……志賀さんだったよね?黒瀬さんから同じ委員会に入ったって聞いたよ。」
「はい、志賀楓です。今日からです」
「私は姫川咲。よろしくね」
(この人も、先輩の近くにいた……)
ほんの一瞬、楓の視線が朝霧に流れる。
咲はそれを見逃さなかった。
「……志賀さんは…朝霧くんとは同じ中学だったの?」
「はい!同じ部活だったんです。美術部」
「そうだったんだ」
咲は少しだけ目を伏せると、静かに言葉をつないだ。
「私も図書室、時々来るから。またよろしくね!」
「……はい」
ピリッとした空気が、短い会話のあとに流れた。
⸻
その日の放課後。
楓は貸出カウンターで片付けをしていると、明るい声が背後から届いた。
「わっ、いたいた! 楓ちゃん!」
振り向くと、早乙女 玲奈が両手に読みかけの小説を持って立っていた。
「えっ……?」
「私は早乙女玲奈。さっき、黒瀬さんに聞いたよ。新しい図書委員って」
「あ……朝霧せんぱいと一緒にいた…」
「楓ちゃんでいい? ねえ、これ貸りたいやつなんだけど、どうすればいいかな?」
「えっ、あ、はい。こっちの端末で……」
焦りながら操作方法を説明すると、玲奈はニコニコしながら聞いていた。
「ありがとー。ね、楓ちゃん、朝霧くんとは中学の知り合いなんだって?」
「……はい。部活で」
「ふーん……ふふ。なんか面白くなってきたかも」
「……?」
玲奈は意味深な笑みを浮かべると、借りた本を胸に抱えて手を振った。
「またね、楓ちゃん」
⸻
図書室を出た楓は、背筋を伸ばしながら深呼吸した。
(先輩の“今”に近い人たち……姫川さん、早乙女さん、そして黒瀬さん)
(姫川さんからは圧を感じたような…)
(でもそれぞれ、すごく魅力的で――でも、だからこそ)
(負けない)
拳を軽く握りしめた。
春の風が図書館の窓を揺らし、これから蓮を巡る戦いの苛烈さを暗示していた。




