せんぱい、また会えましたね
春の昼下がり。
中庭のベンチに、朝霧 蓮はひとりで腰かけていた。
開いた文庫本のページをめくりながら、ほんの少しだけ春の匂いを楽しんでいた。
すると――
「せんぱい、こんなとこにいたんですね!」
明るい声が頭上から降ってきた。
「……え?」
蓮が顔を上げると、そこには制服の襟をきちんと整えた一年生の少女――志賀 楓が立っていた。
「約束通り入学してきましたよー!」
「ああ…志賀さん。」
一瞬、驚いた蓮は、目を細めてじっと楓を見る。
「やっぱり記憶と色々違うんだけど…」
「ふふ。真の姿ですよー? 」
楓はにこっと笑って、蓮の横に腰を下ろした。
「え、ちょ……」
「いいでしょ? だって、せっかく先輩に会えたんだし」
蓮はやや呆れながらも、勢いに押されてそのままにしていた。
「入学式で挨拶したの、見てくれました? ちょっと緊張したけど、先輩が見てくれてたなら、頑張った甲斐あるかな」
「……新入生代表ってすごいな」
そんなふうに話していた、その時だった。
「朝霧くん……?」
やや驚いた声が聞こえてきた。
振り向くと、姫川 咲、黒瀬 結愛、早乙女 玲奈の三人が中庭に現れていた。
三人の目が、楓と蓮の距離に注がれる。
「あれ……えっと」
「一年生……?バレンタインデーの…」
「入学式の……新入生代表!」
楓は三人の視線を受けて、ぴょこんと立ち上がる。
「志賀楓です。朝霧先輩とは中学で少しだけご一緒してて、今日はちょっとご挨拶に」
そう丁寧に笑いながら自己紹介するが――
ヒロインたちは、言いようのない胸のざわつきを覚えていた。
(中学からの知り合い? それって――)
(……この子、もしかして)
(ちょっと……油断ならないかも)
そんな空気を感じたのか、楓は「では、また」と小さく頭を下げ、去っていった。
その背を見送りながら、蓮が立ち上がる。
「……どうかした?」
「ううん、なんでもないよ。ちょっとびっくりしただけ」
咲が少しだけぎこちなく笑い、結愛と玲奈も言葉を継がなかった。