春風と共に-早乙女玲奈
春休みのある日。
川沿いの遊歩道には、少し遅れて咲き始めた桜が、ぽつぽつと薄紅の花を揺らしていた。
「ね、ここで正解でしょ?」
そう言って笑ったのは、早乙女玲奈だった。
彼女はカジュアルな白いブラウスに、明るめのデニム。髪はふわりと風に舞っている。
「うん。まだ咲き始めだけど、静かで落ち着く」
朝霧 蓮は頷きながら、桜の枝を見上げた。
「この辺、咲くのが遅いんだよ。だから……ちょっと特別な感じしない?」
「……確かに」
ふたりはゆっくりと遊歩道を歩き出す。
「そういえばさ」
桜を見上げたまま、玲奈がぽつりと呟いた。
「前に“AIに興味ある”って言ったでしょ? ……あれ、ちょっとずつだけど本気になってきた」
「うん。聞いた覚えある」
「今までは“興味あるかも”ってくらいだったけど、最近、いろんなニュースとか記事見ててさ……“面白そう”だけじゃなくて、“役に立ちたい”って思えるようになったんだ」
蓮は少しだけ目を見開いて、彼女の顔を見た。
「そっか。……それは、大きな変化だね」
玲奈は少し照れくさそうに笑った。
「ほら、私ってさ、元々“得意なこと”とか“はっきりした夢”とか、ないタイプじゃん? でも、進路決めるときって、誰かに追いつきたいって気持ちもあって……」
「“誰か”?」
玲奈は一瞬だけ蓮を見たが、すぐに目を逸らして笑った。
「……内緒」
蓮は小さく息を吐いて、それでも無理に聞き返したりはしなかった。
「じゃあ、“ちゃんと考えて進んでる”ってことだね」
「そうだね。……今は、少しだけ自信持ててるかも」
ふたりはやがて、川沿いにある小さなベンチに腰を下ろした。
春の風が、玲奈の髪を優しくなでていく。
「……ありがとう、蓮くん。今日、一緒に来てくれて」
「こっちこそ。誘ってくれてありがとう」
玲奈は、少しの沈黙のあと、小さく笑った。
「来年の春には、もっと胸張って“理系の早乙女玲奈です”って言えるようになってたいな」
「たぶん、もう言えてると思うけど」
その言葉に、玲奈はほんの少し目を見張って、それから笑った。
「……そっか。じゃあ、ちょっとだけ自信、つけとく」
彼女の笑顔は、柔らかくて、でも芯のある春風のようだった。




