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春の午後-黒瀬結愛

春休み中の図書館。


暖かな日差しが大きな窓から差し込み、静かな空気の中にページをめくる音だけが響いている。


朝霧 蓮は、一冊の参考書を開いたまま、集中した様子でノートを取っていた。


すると――


「……朝霧くん?」


ふとした呼びかけに顔を上げると、すぐそばに黒瀬 結愛の姿があった。


「黒瀬さん……偶然だね」


「うん、春休みだけど、家だと集中できなくて。ここ、よく来るんだ」


「俺も同じ。ちょっと勉強してから本屋寄ろうかなと思ってて」


「……そっか」


結愛は少し微笑み、少し離れた席に腰を下ろした。


それからしばらく、二人はそれぞれの勉強に集中していた。


同じ空間にいても、直接話すわけではない。

でも――不思議と落ち着く静けさだった。


**


数時間後。


時計をちらりと見た結愛が、そっと顔を上げる。


「……少し、休憩しない?」


「え?」


「図書館のすぐ近くに、前から気になってたカフェがあるんだけど……よかったら、一緒にどう?」


ほんの少しだけ視線を外しながら言う結愛に、蓮は短く頷いた。


「いいよ。俺もちょうど切りのいいところだったから」


**


カフェは静かで、木目調のインテリアに囲まれた落ち着いた空間だった。


店内の一角には小さな本棚もあり、どこか図書館と似た居心地の良さがあった。


「……ここ、思ってたよりずっといいね」


「うん。静かだし、甘いものもあるし」


結愛はカフェラテを受け取り、窓際の席に座る。蓮も対面に腰掛けた。


「……朝霧くんは、春休み、ずっと勉強してるの?」


「一応。やりたいことは決まってるから、コツコツやっていかないと」


「……えらいね。私は……ちょっとだけ、焦ってるかも」


「焦る?」


「なんていうか……周りがすごく見えるときってあるじゃない?」


結愛はカップを両手で包みながら、ゆっくり言葉を探していた。


「でも、今日会えてよかった。なんか、ほっとした」


その言葉に、蓮は少しだけ驚いたように目を丸くした。


「……俺で、よかったの?」


「うん。……勉強してる姿、見てるだけで安心するから。不思議だよね」


「……そう?」


蓮が照れくさそうに視線を逸らすと、結愛もそっと笑った。


「……でも、ありがとう。気づかないうちに、ちゃんと支えてもらってる気がした」


「俺は何もしてないよ。ただ、図書館で勉強してただけ」


「うん。でも、それが“支え”になることもあるんだよ」


静かな午後のカフェ。

言葉は少なめでも、心はどこか温かくて、柔らかかった。


**


帰り道。


「……また、図書館で会えるといいね」


「たぶん、また行くよ。春休み、まだあるし」


「そっか。……じゃあ、また」


交差点で手を振った結愛の笑顔が、蓮の胸の奥に、ほんのりと残った。


(……今日の黒瀬さん、いつもよりやわらかかったな)


――まだ名前にできない何かが、少しだけ近づいた春の午後だった。

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