ほんの少し、ふたりきり-姫川咲
春休み、ある晴れた昼下がり。
咲と朝霧は、近所の大きな公園を訪れていた。
公園の入り口では、満開の桜が風に揺れていた。
「……来てくれて、ありがとう」
そう言って少し恥ずかしそうに笑う咲は、制服ではない春らしいワンピース姿だった。
「こちらこそ誘ってくれてありがとう」
蓮の素っ気ないけれどまっすぐな声に、咲の頬が少しだけ染まった。
二人は、桜の木々の間をゆっくりと歩く。
「ここ、小さい頃から好きな場所なんだ。何もないけど、広くて、空が見えて……」
「……落ち着くね。」
咲はベンチに腰掛けながら、少し迷うように言葉を探した。
「ねえ、朝霧くん……この前の進路の話、覚えてる?」
「うん。某猫型ロボットみたいなのを作ってみたいって」
「……まだ、ちゃんと目標って言えるほどじゃないんだけど。
でも、やっぱり私、やってみたいって思う。あんなふうに、人を助けられて友だちなってくれるロボット――作ってみたい」
蓮はしばらく黙って、それからふっと笑った。
「きっと、姫川さんにならできるよ。やりたいって思えることって、すごいことだから」
咲はびっくりしたように顔を上げ、それから静かに微笑んだ。
「……ありがと。でも、そう言われると……ちょっと照れるね」
そのあと、ふたりは小さな科学館に足を延ばした。
咲が猫型ロボット展が開催されているという情報を、事前に調べていたらしい。
「……このロボット、やっぱり可愛いよね」
「……うん。たしかに」
蓮がくすっと笑うと、咲は小さく咳払いして言葉を繋いだ。
「えっと……将来、私が本当に何か作れたら――
そのとき、朝霧くんが使ってくれるようなものを作れたらいいなって……思ってる」
蓮は、少し驚いたように彼女を見たが、すぐに穏やかに頷いた。
「楽しみにしてるよ」
夕方、再び桜の公園に戻ったふたり。
咲は桜の枝を見上げながら呟いた。
「……今日、一緒に来られて嬉しかった。ありがと」
蓮が何かを言おうとしたとき、風が吹き、咲の髪がふわりと揺れた。
「また、どこか行こうよ。……次は、もっとちゃんと準備してくるから」
そう言って笑う咲に、蓮は一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「……うん。楽しみにしてる」
春の風は、どこか優しくて、温かかった。