揺れない想い
春休み目前。
のどかな午後、進学コースの校舎は静かだった。
朝霧 蓮は、渡り廊下のベンチで早乙女 玲奈に勉強を教えていた。
「……なるほど、こうやって解くんだ。蓮くん、ほんと助かる!」
「少しずつ慣れていけば大丈夫だよ、早乙女さん」
そんなやりとりを、誰かが物陰からスマホで撮っていた。
──別の日。
図書室の奥、黒瀬 結愛と小声で本の貸出表を見ながら話す蓮。
「この本、朝霧くんも借りてたんだ……なんだか嬉しいかも」
「偶然だね。ここ、すごく読みごたえあるよ」
その場面もまた、こっそりとシャッターが切られていた。
──さらに別の日。
校庭の端で、姫川 咲が、春の風に髪を揺らしながら、蓮に手作りのお菓子を渡していた。
「……ちょっと早いけど、これ。春休みに入ると会いにくくなるし」
「ありがとう、姫川さん。大事に食べるよ」
その瞬間も、どこかからカシャッと音が鳴った。
──そして数日後。
放課後のSNSに、ある投稿が急速に拡散されていた。
《【晒し】進学コースの陰キャ男、3股発覚!? #二股通り越して三股 #進学の王子様》
添えられていたのは、蓮と3人のヒロインたちがそれぞれ2人きりで話している写真。
どれも距離が近く、会話の一部を切り取ったかのような不自然な構図。
「ちょっ……これって……朝霧くん……?」
「いや、嘘でしょ。まさかあの朝霧が……?」
「てか、盗撮じゃない?」
ざわつく学内。
しかし、反応は想像とは違っていた。
「勝手に写真撮って晒すとか、怖すぎるでしょ」
「これ、盗撮だよね? 普通にヤバいやつじゃん」
「しかも、誰がやったの? 顔も出さずに晒すとかダサすぎ」
──それを遠巻きに聞いていた蒼馬は、教室の片隅で額に汗をにじませていた。
(……あれ? なんか思ってた空気と違う)
(逆に俺が疑われてる…?)
そして、誰かがぽつりと口にした。
「これ、蒼馬じゃね? あいつ、いつも朝霧のこと何か言ってたし」
「スマホで盗撮してたの、何回か見たかも」
「やば……最悪……」
(やべ……!!)
蒼馬はそそくさと教室を抜け出していった。
──放課後。
SNS騒動を見た3人のヒロインは、それぞれ胸中に決意を秘めていた。
咲:(たとえ誰が何を言っても、私が見てきた朝霧くんは変わらない)
結愛:(私が信じるのは、私だけの気持ち)
玲奈:(他の子と一緒にいたって……負けない。私だって、ちゃんと想ってるんだから)
それぞれの想いは、静かに、だが確かに前へと進んでいた。
(“陰の王”と呼ばれた少年は、もう“陰”ではなかった)
春は、すぐそこまで来ていた。




