ホワイト・レター
三月十四日――ホワイトデー。
放課後の廊下には、どこかそわそわとした空気が流れていた。
朝霧 蓮は、鞄に紙袋を三つ、丁寧にしまって昇降口へと向かう。
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昇降口前で、手を振る声がした。
「蓮くん!」
早乙女 玲奈が駆け寄ってくる。少し期待のにじんだ表情。
「昨日、LiNeで送ったじゃん。“明日、渡すから”って」
「うん。ちゃんと覚えてたよ」
蓮は紙袋を渡す。
「バレンタイン、ありがとう。甘いの、助かったよ」
「……ふふ、よかった。そっちも、開けるの楽しみにしてるね」
そう言って玲奈は、にこっと笑った。
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図書室の前。
黒瀬 結愛は、静かに待っていた。
「朝霧くん。来てくれてありがとう」
「黒瀬さんこそ」
蓮は紙袋を渡し、少し笑った。
「前に話してくれた、中学の夜道のこと――ありがとうって言ってくれて、うれしかった」
「……本当は、もっと早く言いたかったけど」
袋を受け取った結愛は、少し恥ずかしそうに視線をそらした。
「これ、お返し。喜んでもらえたらいいけど」
「うん……ありがとう、朝霧くん」
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校舎裏の植え込みのそば。
姫川 咲は、心なしか落ち着かない様子で立っていた。
「……あ、朝霧くん」
「姫川さん」
咲が受け取った袋を見て、そっと言葉を重ねる。
「これ、手作り……? わたしのも、そうだったんだけど……」
「ちゃんと伝わったよ。嬉しかった。ありがとう」
「そ、そっか。なら……よかった」
少し照れたように笑う咲に、蓮も笑みを返す。
帰宅後。
楓からもらった手作りの包装を見ながら、蓮はふと考える。
(……志賀って、確か中学の時、美術部にいた……あの子だよな)
はっきりとは思い出せない。
印象も違うような気がする。
(連絡先……わかんないし。お返し、どうしたらいいんだろう)
ぽつりと独りごちた蓮は、ひとつ深く息を吐いた。
(……もし入学してきたら、そのときかな)
彼の視線は、静かに揺れるカーテンの向こう――
春の気配へと向けられていた。
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同じ頃。
街の灯りを背に、坂道を歩く一人の少女――志賀 楓。
風に揺れるマフラーを押さえながら、彼女はそっと微笑んだ。
(……今年は、これでいいや)
(直接渡せただけでも、がんばったほう)
ほんの少しだけ、胸の奥がきゅっとなる。
でも、すぐにその思いを押し出すように、前を見た。
(勝負は……入学してから)
(だからそれまで、もっと変わらなくちゃ)
夜空の下、制服姿の志賀 楓が小さく拳を握った。
春は、すぐそこまで来ていた。




