進路
新学期の始まり。
教室の空気には、年始特有のけだるさと、ひとつの重さが混ざっていた。
ホームルームの終わり。担任が掲げたのは、冬休み前に配られていたあのプリント。
《文理選択調査票 提出日:本日中》
その紙一枚が、未来への“選択”を迫ってくる。
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「……よし」
朝霧 蓮は、迷いなく記入した“理系”にチェックを入れ、提出箱にプリントを入れた。
(医者になる。それが、昔からの夢だ)
静かな決意は、変わらない。
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「……ねぇ、朝霧くん」
振り返ると、姫川 咲がプリントを持ったまま立っていた。
「私も……理系にしたよ」
「そっか」
「冬休み、いろいろ調べてたの。ロボット工学って理系じゃないと難しいってわかって……。でも、数学も理科も得意じゃないし、迷ってた」
「姫川さんなら向いてると思うけど」
「……ありがと。あの時、“やりたいかどうかで決めるべき”って言ってくれたよね? あれで背中を押された気がする」
咲は、少し照れたように笑っていた。
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廊下の掲示板の前、黒瀬 結愛はすでにプリントを提出済みだった。
「私は文系。法学部志望。……たぶん、弁護士になりたい」
「黒瀬さんなら、絶対向いてると思う。冷静だし、言葉に重みがある」
「……ありがと。でも、言葉だけじゃ通じないこともあるから、ちゃんと“中身”でも証明できるようにがんばるよ」
そう言って、ふっと笑った結愛の横顔は、どこか頼もしく見えた。
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中庭のベンチでは、早乙女 玲奈がプリントを手にしていた。
「あ、蓮くん。おつかれ」
「早乙女さんも、悩んでたんじゃなかったっけ?」
「ううん。決めた」
そう言って見せたプリントには“理系”の二文字。
「数学苦手だけど、それだけで逃げるのはなんか違うなって。……AIにちょっと興味があるんだ」
「AI?」
「うん。生活の中にもどんどん入ってきてるし、病院でも使われてるらしいよ。蓮くんが将来、私の作ったシステム使うかも」
「そしたら、安心して任せられそうだな」
「……似合わないって思った?」
「いや、早乙女さんらしいなって思った」
玲奈は照れ隠しのように視線をそらして、くすっと笑った。
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放課後、提出箱には次々と紙が投げ込まれていく。
「おーい、朝霧~」
声をかけてきたのは、篠原 翼。
「理系かぁ。おまえ、相変わらずブレねぇな。俺は文系一直線だけどな!」
「向いてる方を選べばいいって、翼もよく言ってるじゃん」
「だな。でもさ、将来診察されるときは割引してくれよ?」
「気分次第」
そんなやりとりを交わしながら、2人は昇降口へ向かった。
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文系か、理系か。
たった一枚のプリントに記された文字は、
彼らの“未来”を、少しずつ色づけ始めていた。
春が、またひとつ近づいている。




