初詣
「おーい、蓮、こっちこっち!」
元旦の昼。
神社の境内には、初詣客が次々と訪れ、冬の空気に賑わいが広がっていた。
朝霧 蓮は、友人――篠原 翼と一ノ瀬 花音に誘われて、重い腰を上げてやって来たばかりだった。
「なんで俺まで……」
「おまえ、たまには年始っぽいことしなよ。気晴らし気晴らし」
「それに、“誰か”と会えるかもしれないじゃん?」
花音がくすりと笑いながら言う。
「……誰かって?」
「ふふーん、それはヒミツ」
参道の階段を登り切ったあたり――
「……あれ?」
すれ違う人波のなか、聞き覚えのある声が届いた。
「朝霧くん……?」
振り返ると、そこには――
姫川 咲が、深紅の晴れ着に身を包み、袖を押さえて立っていた。
「……まさか、会えるとは」
「びっくりした。あ、花音ちゃんが“来るかも”って言ってたから……つい」
「そうだったんだ」
蓮が穏やかに微笑むと、咲はふっと目をそらして言った。
「で、ど……どう? この服。似合って……る?」
「……うん。すごく、似合ってると思う」
その一言に、咲は一拍おいて、ほんのり顔を染めた。
しばらくして、賑わう屋台通りを歩いていると――
「おーい、朝霧~!」
派手な水色の晴れ着姿で、早乙女 玲奈が手を振って駆け寄ってきた。
「わっ、本当に会えるとは思わなかった!(咲と一緒?待ち合わせしたの?)」
「……ここら辺、神社ってここしかないし。来るかもって、ちょっと期待してたんだ」
玲奈は、団子を片手に嬉しそうに笑った。
「はいっ。一本どうぞ。咲も食べて!」
「「ありがとう」」
「一口、食べさせてあげよっか?」
「それは自分で食べるよ……」
「ふふ、残念」
さらに奥へ進むと、拝殿の近くで巫女装束に身を包んだ少女が見えた。
「……あれ、黒瀬?」
思わず声をかけると、少女はぴくっと肩を跳ねさせた。
黒瀬 結愛だった。
「えっ、朝霧くん……!? 皆も……」
「初詣。誘われて来たんだ。巫女、やってるんだ?」
「う、うん……実はこの神社、うちの実家で……。今日、姉と一緒に手伝いしてて」
結愛は目を逸らして、口元を隠すように続けた。
「……あんまり見ないで。恥ずかしいから」
「でも、すごく似合ってると思う」
その一言に、結愛は明らかにうろたえたように視線をそらした。
その後、咲と玲奈が、それぞれに人混みを見回していた。
「……なんか、変な人たち多くない?」
「だね。女の子の晴れ着見ると、すぐ話しかけてくる人、絶対いるし」
案の定、その直後だった。
「お嬢さんたち、よかったらこのあと遊びに行かない?」
二人に近づいてきたのは、いかにも軽薄そうなナンパ男子二人組。
「今って、運命の出会いとか大事じゃん? 初詣、最高のチャンスってことでさ」
「……悪いけど、興味ないです」
咲がぴしゃりと返す。
「え、えぇ……マジかー。てかさ、彼氏いない感じだよね?」
「……いますけど?」
玲奈が朝霧の方をちらりと見ながら言う。
「あいつ、私のなんで」
「私の彼氏です」
「うっそぉ!? あの地味なやつが!? しかも二股!?」
周囲の視線がざわざわとこちらに向く。
「な、なんだよ。なんだよー……」
「チッ、撤収」
彼らは肩をすくめて、そそくさと引き上げていった。
「……えっと、俺、なんかした?」
「そこにいたのが大事なんだよ」
「彼氏って言っちゃった……」
玲奈がにっこり笑い、咲はちょっとだけ顔を赤らめる。
「……そっか」
帰り道。
篠原 翼が、蓮の横を歩きながら言った。
「なぁ、蓮。今日、すごかったな! なんかさ――」
「ん?」
「……まぁ、おまえ自身で気づかないとな!」
蓮は黙って、遠くの冬空を見上げた。
(……まだはっきりわからないけれど、今日は――なんか、悪くなかったな)




