いつもと違う
剣道トーナメントの翌日。
体育館横の掲示板に、優勝者の名前が張り出されていた。
《素人の部 優勝:1年・進学 朝霧 蓮》
「やっぱ、本気出すとすごいなー、“陰の王”」
「いや、もう“王”じゃなくて、普通にヒーローだろ」
そんな声を背に、朝霧は静かに廊下を歩いていた。
足の痛みは、まだ完全には引いていない。けれど、顔はいつも通りだった。
けれども――
(昨日は……久しぶりに熱くなった。自分でも驚いたよ)
昼休み。屋上。
咲は、風に揺れる前髪を押さえながら、小さくため息をついた。
(結局……昨日、何も言えなかった)
試合のことが、頭から離れない。
竹刀を構える朝霧の横顔。
痛みに耐えて、それでも勝利を掴んだ、その背中。
「……ちょっと、かっこよすぎるってば……」
ぽつりと口にして、自分で驚いて、頬が真っ赤になった。
図書室。
結愛は、手元のノートに視線を落としながらも、意識は完全に宙を漂っていた。
(“それでも、勝てる”って……)
あの一言が、ずっと耳に残っている。
怪我を抱え、動きも鈍かったはずなのに、
それでも相手の突きを見切り、一撃で決めたあの瞬間――
(あの人、本当に……強いんだ)
それは剣道の技ではない、“心の強さ”だった。
ページをめくる手が止まる。
(……私、好きなんだな)
渡り廊下のベンチ。
玲奈はスマホをいじるふりをしながら、何度もLiNeのトーク画面を開いては閉じていた。
(『昨日はすごかったね』って……送ろうとして、やめた)
どうしてか、わからない。
ただ、胸がざわついて、指が止まった。
(……私、好きすぎて動けない)
昨日、あの技が決まった瞬間。
誰より先に立ち上がっていた自分を、思い出せる。
放課後。昇降口。
朝霧が靴を履こうとしていたところへ、声がかかった。
「朝霧くん」
振り返ると、咲、結愛、玲奈――三人が並んで立っていた。
「昨日の試合、ほんとに……すごかった」
咲が一歩前に出て、まっすぐに目を見て言った。
「無理しすぎじゃない? 足、大丈夫?」
結愛がやわらかく問いかける。
「……あたし、ちょっと焦った。あんなの見せられたら」
玲奈が、ぽつりと呟いた。
蓮は少しだけ驚いた顔をして、そして微笑んだ。
「ありがとう。……でも、ほんとに平気だから」
「“それでも勝てる”って……本気だったんだね」
咲の声に、蓮は一瞬だけ視線を泳がせた。
「……ああ。聞こえてたか。昨日は……自分でも驚くくらい、熱くなってた」
三人とも、その背中を目で追った。
少しだけ、前よりも気になって――
少しだけ、胸が苦しくなった。
でも、それが悪い気はしなかった。




