力こそが正義?
冬の体育。
男子には剣道、女子にはダンス。
そして、学年を越えた選抜者による剣道トーナメントが発表された。
「朝霧が出るんだって?」
「“陰の王”が剣道とか、マジ見ものじゃん」
体育館の片隅で騒ぐ総合コースの男子たち。
竹刀を握って準備運動をしていた朝霧蓮は、その声に反応する。
(……陰の王? 俺のこと?)
地味で静か、クラスでは目立たない。
だが体育祭や文化祭で結果を残し、知らぬ間にその異名がついていた。
「朝霧はリレーもすごかったからな!」
「がんばれよー!」
進学コースの同級生たちが明るく声をかけてくる。
蓮は軽く会釈しながら、竹刀の重さを確かめた。
(小学生のころに少し剣道をやってた。中学の体育でも少し……でも、まともにやるのは久しぶりだ)
「1年・進学コース代表、朝霧」
「次の練習試合は、総合2年代表・狩野と」
その名前に、向かいの男が笑みを浮かべる。
「……久しぶりだな。“陰の王”」
蓮は面越しに相手の顔を見て、首を傾げた。
「……どなたでしたっけ?」
「……は?」
狩野の顔がわずかに引きつる。
「体育祭のリレーで勝負した、2年総合の狩野だよ」
「ああ……すみません。あのときの人数、多かったんで」
その自然体な返答に、狩野の眉がピクリと動いた。
(思い出されてない? こいつ……)
練習試合――開始。
「始めッ!」
狩野は踏み込みも早く、重たい打ち込みで襲いかかってきた。
朝霧は冷静に受け流すが、狩野の竹刀はどこか“潰しにかかる”重さを帯びていた。
(……危ない。これ、ただの練習の打ちじゃない)
そして――その瞬間は、わずかに死角からやってきた。
バランスを崩したふりをして、狩野の足が横から飛ぶ。
「ッ……!」
(蹴られた――!?)
右足首に鋭い痛み。
体勢を崩した蓮は、とっさに距離を取るが、動きが鈍る。
そのまま狩野の打突が決まり、試合は狩野の勝ちで終わった。
「おーい、“陰の王”! 冷静なフリしてても、足止まってんぞー!」
蒼馬の茶化す声に、狩野も肩をすくめる。
「まぁ、練習だしな? 本番が楽しみだわ。……今度は、女の子たちの前で痛めつけてやるよ」
蓮は、黙って竹刀を収めた。
(やり返すとか、見返すとか……そういうのも、もういい)
(でも――これは、見せるべきだ)
放課後、人気のない階段の踊り場。
右足を氷で冷やしながら、蓮はじっと竹刀を見つめていた。
(次は、勝つ。正々堂々と。技で。心で)
風の抜ける音だけが、彼の集中を邪魔することなく流れていた。




