ステージの幕が上がるとき、誰が笑うのか
文化祭当日。
朝から校舎は熱気と喧騒に包まれていた。
進学コース2年B組の教室では、朝霧を中心に最終準備が整っていた。
朗読劇と映像演出を組み合わせた舞台は、文化祭の目玉候補として注目されていた。
「セリフ、全員確認終わった?」
「照明のタイミング、これで合ってると思う」
「映像、最終データ、再生チェック済みです」
それぞれが、自然と朝霧に報告を入れてくる。
蓮は頷きながら、進行表に目を通し、各自の動きを整理していた。
「すご……これ、本当に文化祭の規模?」
咲が苦笑しながらも、小道具を並べる手を止めない。
「進学の中じゃ、たぶん一番準備してる」
結愛も、台本のチェックを終えて一息ついた。
「玲奈、映像のタイミング大丈夫?」
「ばっちり。むしろ演出に合わせてサプライズ仕込んであるから、期待しといて」
その“サプライズ”――
それこそが、昨日、蒼馬の妨害を察知した朝霧の機転によるものだった。
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そして、午後の公演。
観客が席に着き、ステージの幕が上がる。
ナレーションが始まり、登場人物のセリフが映像と重なり合う。
会場が静まり返り、クライマックスへと近づいたその瞬間――
──「ピーッ……!」
突然、片側のスピーカーから不穏なノイズが鳴り響いた。
観客たちがざわつく。
(あれ……トラブル?)
(いや、でもこれって……)
次の瞬間――
モニターに“エラー風エフェクト”が走り、
劇中の登場人物が叫ぶ。
「……ノイズが入った!? これは、あのときと同じ――!」
音と映像が連動し、物語はそこから意外な展開へと続く。
事件の鍵となる“妨害信号”の再現――それが劇中演出の一部として組み込まれていた。
「うわ、演出だったのかよ!」
「本物のエラーかと思った! すげえ!」
観客席から感嘆の声が上がり、どよめきは次第に拍手へと変わっていった。
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教室の外、廊下の角で様子をうかがっていた桐谷蒼馬は、
その流れを聞きながら、顔を引きつらせていた。
「なんで……」
「なんであんなのまで読んでやがんだよ……っ」
ポケットに入れたスマホを握りしめ、蒼馬はその場を立ち去った。
背中に感じたのは、見て見ぬふりをする同級生たちの冷ややかな視線だった。
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ステージが終わった教室には、大きな拍手と笑顔が満ちていた。
「……完璧だったな」
「蓮くん、すごいよ」
「トラブルの振りして、伏線回収って……もうプロかよ」
咲の目が輝いていた。
結愛は黙って頷きながら、そっと台本を抱きしめた。
玲奈は得意げにタブレットを回しながら、にっと笑っていた。
「演出の勝利だね。……ってことで、文化祭MVPは決定かな?」
蓮は、肩をすくめるようにして言った。
「俺だけじゃない。……全員でやった結果だよ」
その言葉に、3人の少女たちは、少しだけ照れくさそうに笑った。
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外の空には、秋の気配が少しずつ混じりはじめていた。
けれど、教室の中には、まだ熱が残っていた。
“ひとつの勝利”が、それぞれの胸の中で、静かに誇らしく灯っていた。




