仕組まれた舞台
文化祭まであと10日。
進学コースでも準備が本格化していた。
教室の後ろを使って、衣装や小道具を並べながら、
実行委員の朝霧は静かに進行表を見直していた。
「セリフ合わせは明日で大丈夫?」
「照明係、教室借りる申請もう出した?」
「BGM、流し方どうするの?」
次々に飛んでくる質問に、蓮は一つひとつ冷静に答えていく。
「脚本、まとめて印刷しといたから」
「映像資料、編集進めとく。玲奈ちゃんに頼んだ分は明日もらえる予定」
彼のペースに、いつの間にか皆が自然と合わせていた。
「……すごいね。朝霧くん、ちゃんと全体見てる」
そうつぶやいたのは、隣で台本を手にする姫川咲だった。
「なんか、かっこよく見えてきたんだけど……私だけ?」
「ううん、普通に頼れるよね」
黒瀬結愛も続けて言う。
「ま、初めから期待してたけど?」
早乙女玲奈は余裕の笑みを浮かべながらも、
編集済みのタブレットを手にしていた。
(――この3人が自然に協力してるの、正直すごい光景だと思う)
そんな空気の中、蓮はひとことだけ、静かに言った。
「ありがとう。助かってる」
それだけで、3人の胸に何かが跳ねた。
•
一方、総合コース。
「いい? 演出と脚本、ガチガチに真似するのはダサいから、うちは“パロディ風”でいこうぜ」
実行委員の蒼馬が、やたらとテンション高く話を進めていた。
「ネタっぽくした方がウケるっしょ? あいつら、真面目にやるタイプだから重くなるだろうし」
「でもさ、それって……進学コースと被ってるって、先生から怒られないかな」
「ばれなきゃ大丈夫だって! “インスパイア”ってやつよ」
蒼馬の作戦はこうだった――
表向きは別物に見せかけて、内実は進学コースの構成をなぞり、
うまくいけば“こっちの方が面白かった”という評価をもぎ取る。
しかもそれだけでは終わらない。
「なあ、ちょっとだけ“遊び”入れても面白くね?」
「遊び?」
「たとえば、進学側のスピーカー音響設定、ちょっとだけずらしておくとか」
「え、それって……妨害じゃ……」
「なにが? “手伝い”って体で近づけばいいじゃん」
蒼馬の顔に、薄く笑みが浮かぶ。
(“アイツ”の目立ち具合、ムカついてしょうがねえんだよ)
•
その頃、準備室。
照明と舞台位置の打ち合わせをしていた蓮に、
一ノ瀬花音がこっそり近づいてきた。
「……蓮。ちょっと、気をつけた方がいいかも」
「?」
「さっき、総合コースの教室前通ったら、蒼馬が“進学の演出がどう”とか言ってた。……たぶん、何か仕掛ける気だと思う」
「……了解。ありがとう」
蓮は一瞬だけ、目を細めた。
自分に向けられる敵意には、もう驚かない。
けれど、仲間たちに迷惑がかかるのは、我慢ならなかった。
(……やるなら、ちゃんと返す)
そのとき、咲が何気なく声をかけてきた。
「蓮くん、明日、リハやるときに照明担当一緒に見ていい?」
「いいよ。確認してもらえると助かる」
「じゃあ、私も台本整理しとくね」
「映像は私に任せて。逆に手出しされたらわかるように、サイン仕込んどくから」
「蓮くん、油断しないで。文化祭って、けっこう“戦場”だよ?」
3人の聖女の瞳が、一斉にこちらを向く。
(――これは、ちゃんとやらないと)
蓮は無言でうなずき、
その手に持った台本をそっと閉じた。




