文化祭実行委員
夏休みが明けた初日。
始業式の空気もそこそこに、教室には文化祭の準備が舞い込んできた。
「さて、実行委員を決めようか」
担任の一声で、クラスがざわつく。
「男子1人、女子1人。例年通りだ」
「推薦でいいんじゃね? 去年もそんな感じだったし」
「じゃ、男子は……朝霧くんでよくない?」
「え?」
思わず声が漏れる。
けれど、意外なほどスムーズに周囲がうなずいていた。
「真面目で黙々とやってくれそうだし」
「頼んだら断らなさそうな安心感あるよね」
(……おかしいな。俺は目立たないポジションのはずなんだけど)
そう内心で戸惑う蓮の後ろで、誰かが心の中で突っ込んでいた。
(いやいや、本人はそう思ってるのかもしれないけど……)
(体育祭のアンカー、プールでの筋肉、ヒロイン全員と急接近……)
(全然“地味”じゃないでしょ)
•
放課後。実行委員の顔合わせと初会議が開かれた。
「進学コースでは、朗読劇と映像展示を組み合わせて発表します」
蓮の静かな提案に、ヒロインたちの目がさりげなく動く。
「なるほど、いいね」
「配役はクラス内で決めるって感じ?」
咲は、少しだけ安心したように微笑んだ。
(朝霧くんが中心になってる。……ちょっと嬉しい)
結愛は、机の下でメモを取りながらも、彼の横顔をちらりと見る。
(あの真面目さ、ほんと……ずるいくらい信頼できる)
玲奈は腕を組みながら、斜めからニヤリと見ていた。
(まーた無自覚で“良い男”ぶってるわけだ)
•
一方その頃、総合コース。
「じゃあ、総合コースの実行委員は……立候補?」
「はいっ!」
間髪入れずに挙手したのは、桐谷蒼馬だった。
「去年のより絶対面白くしてやるから! 楽しみにしとけって」
「……ま、いいんじゃない? 勝手にやらせとけば」
周囲の反応は薄かったが、蒼馬は勝手に盛り上がっていた。
•
後日、進学コースの出し物が校内掲示に貼り出された日――
蒼馬はそれを見て、ニヤリと笑う。
「へぇ……朗読劇と映像、ね。じゃあ――同じの、やるか」
「は? 内容かぶるけど?」
「逆にいいじゃん。同じ内容で“どっちが面白いか”勝負しようぜ?」
(ま、当然俺のほうがウケるに決まってるし)
その裏には、進学コースの評判を削ぎたいという、浅はかな計算もあった。
(なにが“聖女3人と気になる男子”だよ。見てろよ、絶対上書きしてやる)
•
その頃、蓮は準備資料を広げて静かに段取りを確認していた。
(……めんどいけど、やるならちゃんとやらないと)
すると――
「蓮くん、分担表、どこまでできてる?」
振り返ると、咲が少し不安げに立っていた。
「手伝えることあったら言って。……ほんとに」
「……ありがとう。じゃあ、後で確認してもらえる?」
「うん」
続いて、
「演出プラン、ちょっと見てもいい?」と結愛。
そして、
「映像担当なら、あたしもできるよ。スマホ編集得意だし?」と玲奈。
(……これ、絶対ひとりじゃないほうがいいやつだ)
•
教室の片隅で、クラスメイトがひとり、心の中で呟いていた。
(朝霧って、目立たないフリしてるけど……)
(あれ、完全に“主役”側にいるよな)