揺れる夏の夜に②
金魚すくいを終え、咲が花音と合流したあと。
朝霧は再び、篠原や翔太と合流して、夜店を回っていた。
その途中、人波がふいに一方向に膨らみ、境内の小道で立ち止まっている浴衣姿を見つけた。
「……黒瀬さん?」
声をかけると、ふり返った彼女の表情が少しほっと緩む。
「朝霧くん……助かった。ちょっと人に流されて、道わかんなくなっちゃって」
「この辺、混むからな。……こっち」
そう言って、蓮は手を差し出すわけではなく、ごく自然に彼女の袖口を軽く引いた。
それだけで、人波の中を誘導するように歩く。
結愛は、その一瞬の距離の近さに、心の内側がざわめくのを感じていた。
やがて人の流れから外れ、落ち着いた通路に出たところで蓮が立ち止まる。
「……ここなら大丈夫そうだな」
「ありがとう。すごく助かった。……でも」
「ん?」
「……もう、戻ったほうがいいんだよね。朝霧くんの友達、待ってるでしょ?」
彼女はわずかに視線を落とし、指先をそっと帯に添えながら微笑んだ。
「うん。……じゃあ、またどこかで」
「うん。……また」
短いやりとりだった。
でも、その「また」が、今日の何よりの希望になっていた。
•
やがて日も暮れ、夜空には星が瞬き始めた。
朝霧は、ふと立ち止まり、境内裏手の小高い石段へ向かっていた。
篠原から「花火見るなら、あそこが穴場だ」と聞いていた場所だ。
「……ここ、意外と空いてるな」
そう呟いた瞬間――
「あ、蓮くん!」
浴衣姿の少女が、ベンチに腰かけてうちわを仰いでいた。
早乙女玲奈だった。
「……早乙女? ここにいたのか」
「そ。友達とはぐれてさ~、まあ別にいっかって。ここ、風もあるし静かで快適だし」
彼女はそう言って笑い、空いたベンチの隣を軽く叩く。
「座んなよ。ちょうど良かったし」
無言で腰を下ろす蓮。
ふたりの間に、心地よい夜風が流れる。
「蓮くん、夏祭りって毎年来てる?」
「いや。……中学以来、久しぶり」
「へぇ。私は毎年来てるよ。人混みとか騒がしいのは苦手だけど……」
そう言って、玲奈は夜空を見上げる。
「でも、今日のは悪くないな。なんか……」
隣に蓮がいるというだけで、
世界が少しだけ静かで優しくなる。
•
そこに――
「わっ、本当にいた!」
階段の上から声がして、ふたりが同時に振り向く。
姫川咲と、黒瀬結愛が並んでいた。
「え、結愛ちゃんも?」
「……うん。花音ちゃんに聞いたの。『花火見るなら、あそこが穴場だよ』って」
「私も同じ。……さすが情報通の花音ちゃんだね」
偶然を装いながら、誰もがどこかで“こうなるかもしれない”と予感していた。
自然な流れで、4人が並んで座る。
咲が蓮の隣に、結愛がその隣に、玲奈は蓮の反対側に。
誰も口にしないけれど、全員が気づいていた。
――この並びが、どれほど“緊張感”を生んでいるかを。
•
やがて、夜空に最初の花火が上がる。
ぱあっと、開いた大輪の花が、4人の影を照らす。
視線は上に向けられていても、心は横の誰かを意識している。
咲は、蓮の袖が触れそうな距離に鼓動を早め。
結愛は、隣のふたりを見ないようにしながら、小さく拳を握る。
玲奈は、わざと少し距離を保ちつつ、誰よりも静かにその光を見つめていた。
(……私だけじゃない)
(……気づいてた。でも、今日確信した)
(……負ける気は、ないけどね)
それぞれの想いが、重なりもすれ違いもしながら、
確かな熱をもって、胸の奥に宿りはじめていた。
•
夏の空に、最後の花火が咲き誇る。
終わりの合図と、始まりの火種。
少女たちの恋が、静かに加速を始める――。