揺れる夏の夜に①
夕暮れの空が茜に染まり、提灯の灯りが街に浮かび始める頃。
神社の境内は、すでに多くの人で賑わっていた。
境内の一角――かき氷屋台の前。
進学コースの朝霧蓮は、総合コースの親友・篠原翼と、もうひとりの幼なじみ――一ノ瀬花音と一緒に歩いていた。
「蓮、珍しく浴衣も着ないで来たね。地味だけど、らしいっちゃらしい」
「……暑いから」
「ふふ、変わらないなあ、昔から。ほんとマイペース」
花音は笑いながらラムネの栓を開けると、ちらりと境内の奥を見やった。
「ねえ、ちょっと寄りたい屋台があるんだけど、行ってきていい?」
「ん」
「ついでに――ちょっとだけ、待ってて」
その目はどこか、何かを“整えてくる”ような光を帯びていた。
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数分後。
「……朝霧くん」
呼びかける声に振り向くと、
そこには姫川咲の姿があった。
淡い紫に白いあじさい柄の浴衣。
いつもより長めにまとめた髪に、涼やかな銀の簪が揺れている。
「……咲」
「花音ちゃんに、こっちに朝霧くんがいるって聞いて。私も来てたから、よかったら……って」
言葉を選ぶように視線を泳がせた咲の顔は、ほんのり赤い。
「……似合ってる、浴衣」
「えっ……あ、ありがとう」
咲は目を瞬かせ、微かに笑った。
(うれしい、けど、どうしよう……自然に振る舞えてる?)
その後、自然な流れで屋台を一緒に巡ることになり、
金魚すくいの前で足を止めた。
「やってみる?」
「……子どもの頃以来だ」
「じゃあ、ちょっと教えるよ。コツとかあるし」
ふたり並んでしゃがみ、ポイを受け取る。
透明な水面を泳ぐ金魚に手を伸ばしたその瞬間――
ぴたり、と、手が重なった。
「あっ……」
「ごめん」
「ううん……」
言葉を交わしたのは、それだけ。
でもその短い間に、咲の心臓は驚くほど早くなっていた。
(……ああ、だめだ。今日、意識しすぎてる)
(でも――それでいい。だって……)
――やっと、話せたから。