夏といえば…②
水音と小さな悲鳴が重なった瞬間、空気が変わった。
誰もがまだ何が起きたのか把握できない中、
朝霧蓮だけが、一歩もためらわずに動いた。
浮き輪から外れて水中でもがく幼い女の子――
その姿を確認するや否や、彼は一直線に飛び込む。
大きく水しぶきを上げたかと思うと、次の瞬間にはもう、少女のもとに手が届いていた。
「大丈夫だよ」
優しい声で、けれど落ち着いたトーンで語りかけ、
浮き輪に手を添えて、少女の背を支えながら浅瀬へ導く。
見守っていた保護者らしき女性が、駆け寄ってくる。
「ありがとうございますっ、本当に……!」
「怪我はないですか?」
朝霧がそう尋ねると、女の子は小さく首を振った。
そして――ぱっと彼に抱きついた。
「おにーちゃん、かっこよかった!」
「わたし、おっきくなったらおにーちゃんとけっこんするー!」
周囲が一瞬静まり、次の瞬間、どっと笑いが起きた。
「えっ、それプロポーズ?」
「さすがに早すぎるだろ〜」
朝霧は困ったように笑って、「……ありがとな」と、少女の頭を軽く撫でた。
•
プールサイドに戻った朝霧を、
ヒロインたちはそれぞれの気持ちで迎えていた。
姫川咲は、タオルを差し出しながら、そっと声をかける。
「おつかれさま。……すごかった、今の」
「……助けただけだよ」
「うん。でも……あんなふうに飛び込める人、なかなかいないよ」
咲はそのまま目を逸らしながら、ぽつりと呟いた。
「……やっぱり、かっこいいと思った」
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少し離れた場所では、黒瀬結愛が手を胸に当てて静かに息をついていた。
(……あんな一面、知らなかった)
水着姿の彼が恥ずかしいとか、それ以前の問題だった。
自分の知らない“強さ”と“優しさ”が、急に目前に現れて――
(……また、知らなかった顔を見た)
視線を合わせることができず、そっとタオルの影に隠れた。
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早乙女玲奈は、無言で近づいてきて、ぺちんと軽く朝霧の背中を叩いた。
「なにそれ。かっこよすぎなんですけど?」
「そうか?」
「そうだよ。あんなの見たら、子どもどころか大人でも惚れるでしょ」
そう言いつつ、彼女は自分の頬が少し熱いのを感じていた。
(……反則だってば、ほんと)
•
一方で――
蒼馬は、タオルを肩にかけたまま、プールサイドのベンチに腰を下ろしていた。
さっきまでの嘲笑は影を潜め、
ただ、目の前で起きた“全部”に飲まれていた。
「……なんなんだよ、あいつ」
誰に向けたわけでもないその言葉が、
まるで自分に突き刺さるように響いた。
•
夏の日差しが、プールの水面をきらきらと照らす。
いつものようでいて、確実に何かが変わった。
見えなかった部分が、少しずつ明るみに出ていく。
そして――
それを見てしまった誰もが、もう“目を逸らせない”でいた。




