夏といえば…①
夏休みに入って数日。
補講の終わった午後、教室の一角で進学・総合コース混合のグループが集まっていた。
「今度みんなでプール行こうぜ! でっかいレジャーのとこ!」
軽いノリの一言がきっかけで、流れはあっという間に決まった。
グループLiNeが立ち上がり、男女10人ほどが参加を表明していく。
「朝霧も来る?」
「……ああ、別にいいけど」
その一言を、離れた場所から偶然聞いていた3人の少女たちがいた。
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姫川咲はその日の帰り道、本屋の帰りにふと立ち寄ったショッピングモールの水着売り場で足を止めていた。
(……去年のでもいいんだけど)
でも、朝霧くんが来るなら。
(変じゃないかな。露出多すぎない……よね?)
鏡の前でそっと合わせてみたワンピースタイプの水着は、落ち着いた紺に小さなフリルの入った、彼女らしい控えめなデザインだった。
「……よし。これにしよう」
決めた理由は、自分でも言葉にできなかった。
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黒瀬結愛は、ネットで「体型カバー 水着 女子」などと検索していた。
(あんまり派手なのは無理。でも、地味すぎても……)
画面に表示されたラッシュガード付きのタンキニに目が留まる。
(これなら、大丈夫……かな)
カートに入れて、ふぅっと息を吐いた。
(何やってるんだろ、私)
けれど、止める理由も、もうなかった。
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早乙女玲奈は、買い物ついでに水着を見て――すでに5着目の試着を終えていた。
「もー! どれが一番“ちょうどよく可愛い”のかわかんない!」
けれど、最後に選んだのは、少しガーリーなリボン付きのセパレート。
「ま、別に誰かに見せたいわけじゃないし? たまたま、気に入っただけってことで!」
試着室の鏡に向かってそう呟く姿は、少しだけ頬が赤かった。
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そして、当日。
レジャープールの女子更衣室。
3人はそれぞれ、少しだけ緊張した面持ちで鏡の前に立っていた。
「……大丈夫、変じゃないよね」
「うん、似合ってるよ」
「そっちこそ……可愛いじゃん」
互いを褒め合いつつも、それぞれの視線は――プールサイドのどこかを意識していた。
(朝霧くん、どんな顔するかな)
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一方その頃、男子更衣室前。
朝霧蓮は、大きめのラッシュパーカーを羽織ったまま、黙々と準備をしていた。
筋肉質な体型は完全に隠れ、周囲からは“華奢”にも見えるほど。
そこに、総合コースの桐谷蒼馬が軽口を飛ばす。
「おいおい朝霧、それ脱ぐのか? まさか脱げないとか言うなよ?」
「……どう見えようが、別にいい」
「ふーん? まあ、いいけどさ?」
蒼馬は半笑いのまま、更衣室へ戻っていった。
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プールサイド。
ヒロイン3人が、水着姿で朝霧を待っていた。
咲は、紺のワンピースにそっと肩を寄せ、
結愛はパーカーを羽織っていたが、下から覗く控えめなタンキニがちらり。
玲奈は、ラッシュガードを脱いだ瞬間、「……え?」と朝霧が一瞬固まるような可愛い系。
「「「ど、どう……かな」」」
「……似合ってると思う」
たった一言でも、彼の視線を意識して、心が跳ねた。
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やがて更衣室から出てきた蒼馬が、また朝霧に絡む。
「そろそろ脱げよ、朝霧。何隠してんだよ」
朝霧は無言でファスナーを下ろし、ラッシュパーカーを脱いだ。
その下にあったのは――
引き締まった肩、腹筋、しなやかで無駄のない肉体。
一瞬で、空気が変わった。
「……っ!?」
「うそ、なにあれ……」
「やっば……普通に鍛えてんじゃん……」
「おい蒼馬、お前朝霧にケンカ売ってたよな?」
男子たちが騒ぐなか、蒼馬は言葉を失っていた。
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ヒロインたちの視線も、自然とそこへ向く。
(……すご……)
(そんな体してたんだ……)
(なにそれ、反則でしょ……)
誰もが思っていた。
“普段の彼”と“今の彼”が、まるで違って見えた。
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その時だった。
「きゃあっ!」
プールの浅いゾーンから、幼い悲鳴が上がる。
小さな女の子が浮き輪からずれ、水を飲んでバランスを崩していた。
次の瞬間、朝霧が音もなく水に飛び込んだ。
無駄のないフォームで一直線に進み、あっという間に子どもに辿り着く。
その背中は――ただ静かに、真っ直ぐで、強かった。




