夏休み、それぞれの誘い
「夏休み、それぞれの誘い」
返信があったのは、次の日の朝だった。
スマホの通知に、“朝霧蓮”の名前が並ぶ。
「こちらこそ、ありがとう」
「また困ったら言って」
「……機会があれば」
どれも短く、必要最小限の言葉。
でも、そこに彼らしさが詰まっていた。
そして、夏休みが本格的に始まった。
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午前中の図書館。
静かな空気のなかでページをめくっていた姫川咲は、ふと気配を感じて顔を上げた。
「……朝霧くん?」
「姫川さんも?」
「うん、補習課題、ちょっと調べたくて」
言いながら、咲はそっと彼の隣の席を見つめた。
「……もしよかったら、一緒でもいい?」
「いいよ」
並んで座ると、空調の音が妙に大きく感じられた。
「昨日のLiNe、返事ありがとう。うれしかった」
「……そう言ってもらえると、助かる」
「助かるって……なにそれ」
咲は小さく笑って、ページをめくった。
図書館の静寂が、心地よくふたりを包み込んでいた。
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数日後の午後、職員室前の廊下。
プリントを取りに来た朝霧が出てくると、
偶然、黒瀬結愛と鉢合わせた。
「あ……!」
「黒瀬さん?」
「プリント、受け取りに……朝霧くんも?」
「うん」
言葉が切れる。少しの間があって、結愛が意を決したように口を開く。
「……あの、今って、時間ある?」
「……あるけど」
「なら、ちょっとだけ。資料室の整理、手伝ってもらえない?」
それは、ほんの些細な頼み事のようでいて、
本当は――彼ともう一度話したくて、考えた口実だった。
「……いいよ」
ふたり並んで歩く背中は、少しだけ距離が近づいていた。
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夕方の駅前。
飲み物を買おうと自販機を探していた朝霧に、後ろから声が飛んだ。
「おーい、蓮くん!」
早乙女玲奈だった。
「まーた偶然だねぇ。……あれ、飲み物?」
「うん。のど渇いてて」
「そゆときはさ、ほら、付き合ってよ」
「どこへ?」
「いいからいいから。駅前のアイス屋さん、夏限定メニューあるんだよ?」
強引に手を引く玲奈に、朝霧は少しだけ眉を寄せたが、
すぐに歩調を合わせた。
「この前の返事、けっこー遅かったけどさ」
「……タイミング見てた」
「ふーん? じゃあ、次はもっと早く返してくれる?」
「努力する」
その返しに、玲奈は満足げに笑った。
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それぞれの、少しだけ踏み出した“誘い”。
目的もきっかけも違うけれど、
全員が――この夏、なにかを変えたいと思っていた。
そして、朝霧蓮もまた、そんな空気に気づき始めていた。




