LiNe、それぞれの一通目
連絡先を交換した、その日の夜。
スマホの画面を開いたまま、言葉を選びかねる3人の少女たちがいた。
画面の向こうには、“まだ知らない気持ち”があった。
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「……どうしよう。いきなり送るの、変かな」
姫川咲は、ベッドに寝転がりながらスマホを握っていた。
“朝霧蓮”の名前が登録されたLiNe画面が、開かれたまま固まっている。
最初に送る言葉をどうすべきか悩んで、何度も書いては消してを繰り返す。
「今日はありがとう。また話せたら嬉しいです」
(うーん……ちょっと硬い?)
「おつかれさまー! 明日もがんばろー!」
(軽すぎるかな……)
何度目かの削除のあと、深呼吸して指を止めた。
「今日はありがとう。話せて嬉しかったです。おやすみなさい」
送信ボタンを押す瞬間、心臓が跳ねた。
“既読”マークがつくまでの数秒が、ひどく長く感じられる。
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黒瀬結愛は、机にノートを開いたままスマホを見つめていた。
(……今さらだけど、ちゃんと伝えたくて)
迷いながらも、メッセージを打ち込む。
「この前はありがとうございました。とても助かりました」
送信。
すぐに“既読”がついたが、それ以上は何も起きない。
(……もっと柔らかくしたほうがよかったかな)
“ありがとう~”とか“またお願いします!”とか、
気取らず送ったほうが、彼には伝わりやすかったかもしれない。
自分らしい言葉って、どうすればいいんだろう。
スマホを伏せながら、結愛は小さくため息をついた。
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早乙女玲奈はベッドの上で、あぐらをかいてスマホを構えていた。
「ふふーん、さっそく送ってやるか!」
フリックも手慣れたもの。
「蓮くーん! 今日はありがと! 今度どっか行こうね~?」
ポチッと送信。
(よしよし、軽すぎず重すぎず、ナイスなテンション)
すぐに“既読”マークがついて、ほくそ笑む。
……が、数分経っても返信はこない。
(……あれ?)
さっきまでの余裕が、じわじわと不安に変わる。
(え、これって既読スルー? いや、違うよね? たまたま見ただけで……返信はあとで……)
自分に言い聞かせながら、更新ボタンを無意味に連打する手が止まらない。
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一方そのころ――
朝霧蓮のスマホには、ほぼ同時に3件のLiNe通知が届いていた。
咲の丁寧な文章。
黒瀬の少し堅めのメッセージ。
玲奈のいつも通りのノリ。
(……どう返すべきか)
ただの“ありがとう”では失礼かもしれない。
でも、変に気を使うと不自然になる。
スマホを手にしたまま、彼はしばらく考え込んでいた。
(……返信、少し遅れるかも)
無意識に、スマホをテーブルに置いてしまう。
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その頃、3人の少女たちは、偶然にも同じように画面を見つめていた。
(……変なこと、書かなかったよね?)
(……まだ返ってこない)
(……べ、別に気にしてないし!?)
けれど、どこか口元がゆるんでいたのは、
自分でも気づかないほど、小さな期待がそこにあるからだった。
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夏休みのはじまり。
まだ何も始まっていないはずなのに、
心のどこかが少しずつ、動き出していた。




