表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/85

それぞれの想いと、夏のはじまり

終業式まで、あと数日。


答案もすべて返却されて、クラス全体が少しずつ夏の空気に染まっていく。

課題に文句を言う声と、夏の予定を話す笑い声。

いつもより浮き足立った空気の中で、朝霧蓮は変わらず静かだった。


放課後、進学コースの教室前。


「……朝霧くん!」


姫川咲が駆け足気味に声をかける。

振り返った彼に、少しだけ息を整えてから話しかけた。


「えっと……夏休み入る前に、ちょっとだけ話せる?」


「……いいよ」


誰もいない教室の隅で、ふたりは並んで立った。


「……その、私。前に“また話そうね”って言ったけど……結局あんまり話せなかったなって思って」


「そうでもないと思うけど」


「そう……かな。あ、あと……」

咲は鞄をごそごそと探りながら、目をそらしたまま言った。


「連絡、交換しとく? 夏休み……何かあったときのために」


一瞬の間のあと、朝霧がうなずいた。


「うん、いいよ」


「……よかった」


互いにスマホを差し出し、LiNeライネを交換する。

小さな通知音が重なって、咲の胸に、ほんの小さな花火が弾けた。


一方、図書室では――

黒瀬結愛がプリントを見つめながら、落ち着かない様子で席を立った。


(……昨日、玲奈さんが来てたんだよね。わざわざ、進学の教室まで)


頭では割り切っているつもりだった。

けれど、胸の奥ではやはり気になっていた。


教室に戻る廊下で、偶然、朝霧とすれ違う。


「……あの」


声をかけたのは、ほとんど反射だった。


「ちょっと、プリントのことで……聞いてもいい?」


「うん、今ならいいよ」


教室の片隅で並んで問題を見ながら、結愛は呼吸を整える。


「……あの、もし……あとでまたわからないところあったら、教えてくれる?」


「……いいけど」


「じゃあ、その……LiNe、聞いてもいい?」


言い終えたあと、結愛は少しだけ目をそらした。

けれど朝霧は特に驚くでもなく、スマホを差し出した。


「うん」


ふたりのスマホが並んで、通知音が小さく重なる。


「ありがと」


その声は、さっきよりも少しだけ、素直だった。


そして帰り道、校門の前。


「おーい、蓮くん!」


早乙女玲奈が日傘を片手に追いかけてくる。


「明日で終業式だしさ、図書館付き合ってくれてありがと」


「別に、困ってなかったけど」


「そっか。でもさ、そういえば思ったんだけど――」


くるっと前に回って彼を見上げながら、にっと笑う。


「蓮くん、LiNe交換してなかったじゃん? 今さらだけど、してよー」


「……別にいいけど」


「おっ、意外と素直~。ありがと」


いつもの軽口。でも、心の中にはきっと、それだけじゃない何かがある。

玲奈は少し浮かれ気味にスマホをしまった。


それぞれが、それぞれのタイミングで踏み出した一歩。


夏はもうすぐそこまで来ていて、

きっとこの休みが、誰かの気持ちを変えていく。


そんな予感だけが、静かに空に広がっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ