それぞれの想いと、夏のはじまり
終業式まで、あと数日。
答案もすべて返却されて、クラス全体が少しずつ夏の空気に染まっていく。
課題に文句を言う声と、夏の予定を話す笑い声。
いつもより浮き足立った空気の中で、朝霧蓮は変わらず静かだった。
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放課後、進学コースの教室前。
「……朝霧くん!」
姫川咲が駆け足気味に声をかける。
振り返った彼に、少しだけ息を整えてから話しかけた。
「えっと……夏休み入る前に、ちょっとだけ話せる?」
「……いいよ」
誰もいない教室の隅で、ふたりは並んで立った。
「……その、私。前に“また話そうね”って言ったけど……結局あんまり話せなかったなって思って」
「そうでもないと思うけど」
「そう……かな。あ、あと……」
咲は鞄をごそごそと探りながら、目をそらしたまま言った。
「連絡、交換しとく? 夏休み……何かあったときのために」
一瞬の間のあと、朝霧がうなずいた。
「うん、いいよ」
「……よかった」
互いにスマホを差し出し、LiNeを交換する。
小さな通知音が重なって、咲の胸に、ほんの小さな花火が弾けた。
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一方、図書室では――
黒瀬結愛がプリントを見つめながら、落ち着かない様子で席を立った。
(……昨日、玲奈さんが来てたんだよね。わざわざ、進学の教室まで)
頭では割り切っているつもりだった。
けれど、胸の奥ではやはり気になっていた。
教室に戻る廊下で、偶然、朝霧とすれ違う。
「……あの」
声をかけたのは、ほとんど反射だった。
「ちょっと、プリントのことで……聞いてもいい?」
「うん、今ならいいよ」
教室の片隅で並んで問題を見ながら、結愛は呼吸を整える。
「……あの、もし……あとでまたわからないところあったら、教えてくれる?」
「……いいけど」
「じゃあ、その……LiNe、聞いてもいい?」
言い終えたあと、結愛は少しだけ目をそらした。
けれど朝霧は特に驚くでもなく、スマホを差し出した。
「うん」
ふたりのスマホが並んで、通知音が小さく重なる。
「ありがと」
その声は、さっきよりも少しだけ、素直だった。
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そして帰り道、校門の前。
「おーい、蓮くん!」
早乙女玲奈が日傘を片手に追いかけてくる。
「明日で終業式だしさ、図書館付き合ってくれてありがと」
「別に、困ってなかったけど」
「そっか。でもさ、そういえば思ったんだけど――」
くるっと前に回って彼を見上げながら、にっと笑う。
「蓮くん、LiNe交換してなかったじゃん? 今さらだけど、してよー」
「……別にいいけど」
「おっ、意外と素直~。ありがと」
いつもの軽口。でも、心の中にはきっと、それだけじゃない何かがある。
玲奈は少し浮かれ気味にスマホをしまった。
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それぞれが、それぞれのタイミングで踏み出した一歩。
夏はもうすぐそこまで来ていて、
きっとこの休みが、誰かの気持ちを変えていく。
そんな予感だけが、静かに空に広がっていた。




