表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/85

それぞれの距離感

期末考査。

進学コースにとっては、学力を問われる真剣勝負。

総合コースはやや易しめとはいえ、赤点を取れば容赦なく補習が待っている。


その空気感が、教室と廊下に静かに流れていた。


「ねえ、蓮くん」


放課後の進学コースの教室。

入ってきた早乙女玲奈のその呼びかけに、教室の空気が微かに揺れる。


(……名前で呼ばれてたっけ?)


一瞬戸惑いながらも、朝霧は無言で彼女の持っていた数学プリントに目をやる。


「このへん、どーにもわかんないんだけど、ちょっとだけ教えてくれる?」


「ここ。公式の使い方が逆になってる。順番に直せば、あとは流れでいける」


「……さすが。思ったよりやさしいじゃん、朝霧くん」


朝霧は何も返さずに、淡々と問題を解き終える。


「……ありがと。助かった」


そう言って、玲奈は手を振るように去っていった。


その様子を、ドアの隙間からそっと覗いていたのは――黒瀬結愛。


(わざわざ……こっちまで来てたんだ)


玲奈が総合コースの教室から来て、進学の彼に直接教わっていた。

他の生徒は気にしていない様子だったが、黒瀬には、その距離が妙に近く見えた。


朝霧が荷物をまとめて席を立った、そのとき――


「……あの」


声をかけたのは、教室の隅でずっとタイミングを計っていた黒瀬だった。


朝霧が振り返る。


「ちょっとだけ、わからないとこがあって……これ、見てもらってもいい?」


手に持っていたのは、英語の問題プリント。

内容は、実はそこまで困っていたわけではない。

ただ、きっかけが欲しかった。それだけだった。


朝霧はその意図に気づいたのか気づかなかったのか、黙ってプリントを受け取り、さらりと問題を指差す。


「ここ、関係詞が抜けてる」


「あっ……そっか。ありがとう」


自然なやり取り。

それだけのことなのに、黒瀬の心臓は少しだけ跳ねていた。


「おつかれ、姫川さん」


教室を出ようとした朝霧に、姫川咲が声をかけた。


「朝霧くんも。返却、どうだった?」


「まあ……普通に」


「うん、私もそれなりに。……あ、次、数学の補講あるけど、もう帰る?」


「寄るとこないし、帰るつもり」


「そっか……じゃあ、またね」


自然な笑顔と、少しだけ残った名残惜しさ。


(やっぱり、こうやって話せると安心する)


ほんのわずかな会話でも、彼の表情や返しひとつで、心が落ち着く。

咲はそんな自分に気づいて、ふっと微笑んだ。


数日後、補習対象の掲示が出された昼休み――


「あっちゃー……蒼馬たち、全滅じゃん」


「総合の内容って進学より全然簡単なのに、それでも赤点って……」


蒼馬、狩野、その取り巻きたちの名前が堂々と補習名簿に並んでいた。


「人のことバカにしてる暇あったら、もう少しちゃんとやればー?」


通りかかった女子生徒のひと言が、妙に刺さる。


普段、進学を“ガリ勉”とからかっていた彼らは、言い返す言葉もなく、掲示板の前をそそくさと立ち去った。


朝霧はその様子を遠くから見つめながら、何も言わず、教室に戻っていった。


誰かに勝つためじゃなく、自分のために勉強している。

そういう姿勢は、言葉にしなくても、周囲に伝わっていた。


夏の空が、もうすぐそこに迫っている。


それぞれの想いは、まだ言葉になっていないけれど――

確かに、一歩ずつ、近づき始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ