もう少し素直に―早乙女玲奈
「――マジで? あの蓮くん、めっちゃ走れてたじゃん」
「意外とアリじゃない?」
教室で飛び交うそんな声に、早乙女玲奈はペンをくるくると回しながらため息をついた。
(今さら? ……みんな、見るの遅すぎ)
ちょっと前――自分が教室でぼーっとしてたとき。
誰よりも先に声をかけて、水を差し出してくれたのが朝霧だった。
大したことを言ったわけでもない。
でも、あのときの空気感が、ずっと引っかかってる。
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放課後。
偶然、教室の前を通りかかったとき、彼の姿を見つけた。
静かにノートを見ていたその背中に、ふいに声が出た。
「ねえ、朝霧くん」
顔を上げた彼と、目が合う。
その一瞬で、思っていたよりも自分の心臓が騒がしいことに気づいた。
「この前の体育祭さ、わたしたち、けっこう上手くいったよね?」
「……ああ」
「ね、相性いいのかも?」
「……そうかもな」
他愛ないやりとり。
なのに、どうしてこんなに胸が落ち着かないんだろう。
(……冗談で言ったはずなのに)
“相性いい”って言葉に、ちょっとだけ期待してた自分がいた。
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「玲奈ってさ、あの子のこと気になってる?」
友達の何気ない質問に、返事を迷った。
「……うーん、まあ。ちょっと、気になる……かな?」
ごまかすつもりだったのに、思ったよりも素直な言葉が出てきた。
自分でも驚いた。
(たぶん、もう否定する気ないんだ)
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家に帰って、制服のままベッドに倒れ込む。
天井を見ながら、スマホを片手に持ち上げた。
(朝霧くんのこと、気になってる)
はっきり言葉にすると、なんだか少し照れくさい。
でも、胸の中にあるざわめきは、それを否定しなかった。
大した会話はしていない。
でも、視線の向け方や、言葉の温度で、たぶんもう――意識してる。
(……いつからだろ)
最初に声をかけられたとき?
それとも、あの二人三脚で並んで走ったとき?
もう正確には思い出せないけど、気づいたら、目で追うようになってた。
スマホをぽんっと胸の上に置いて、ため息のような笑いが漏れる。
「明日、また話しかけてみようかな」
ぽつりとつぶやいた自分の声に、なんだかこそばゆくなる。
それが“からかい”なのか“本気”なのか。
どっちだっていいけど――
また、あの目と、あの声が聞きたいと思ってるのは、きっと間違いじゃない。
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もうちょっとだけ、こんな気持ちを楽しんでても、いいよね。