表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/85

知られたい?知られたくない?―黒瀬結愛

「知られたい?知られたくない?―黒瀬結愛」


教室の窓際、静かに本をめくる。

けれど今日は、文字が頭に入ってこない。


黒瀬結愛は、自分でも気づいていた。

読み返してばかりのページ。

視界の端には、また――彼の姿。


(また……見てた)


昼休み。

咲と玲奈が笑っている。

そこに朝霧が通りかかると、ふたりの目が自然と彼を追う。


(昔は、こんなふうじゃなかったのに)


少しだけ胸がざわついて、本をそっと閉じた。


放課後。

廊下ですれ違った彼に、ふいに話しかけられた。


「……この前、ありがとう。助かった」


「……どういたしまして」


たったそれだけの会話なのに、鼓動が少しだけ速くなる。


(どうして……こんなに)


普段の自分なら、もっと自然に返せたはずなのに。

言葉が上滑りするのは、知られたくない気持ちのせいか。

それとも――


教室を出たあと、静かな廊下を歩きながら、ふと頭に浮かんだ。


「明日の放課後、中庭で少し話せる?」

「あなたのこと、もっと知りたい」


進学して間もない頃、どうしても気持ちを伝えたくて、でも直接は言えなくて――

あのとき、手紙に託したたった二行。


ほんの短い言葉だったのに、あれを書いて、出すまでにどれだけ時間がかかったか。

なのに――


(どうして、あんなもの……)

書いたときの自分が、いちばん信じられなかった。


名乗らなかったから、気づかれずに済んだ。

でも今となっては、あの手紙の存在だけが、自分の中でやけに大きく残っている。


階段の踊り場から見えたのは、ひとりベンチに座る朝霧の姿。

夕方の光に染まる横顔が、ほんの少し寂しそうに見えた。


(あのときの手紙、気づいてるのかな……)


近づいて聞いてみればいい。

でも、それができるほど、今の自分は素直じゃない。


(話しかけたら、全部わかってしまいそうで)


帰り道。

イヤホンを片耳だけに差して歩く。

風が吹いて、制服の袖が少し揺れた。


(知られたくない。けど――)

(知られても、いいかもしれないって……ちょっと思ってる)


その考えが胸をくすぐるたびに、歩幅がすこしだけ変わる。


もう少しだけ、この気持ちは、私だけのものにしておきたい。

“知られないまま”でいる時間を、もう少しだけ――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ