陽キャ、聖女にフラれる
昼下がりの放課後、校門前。
西日に照らされた並木道の向こうに、ふわりと風に揺れる栗色の髪が見えた。
桐谷蒼馬はその姿を見つけるや否や、取り巻きに軽く手を振って分かれ、スタスタと歩み寄る。
「よう、姫川さん。ひとり? もしよかったらさ、今週末――」
蒼馬は、いつもの“勝てる誘い文句”を使った。
このパターンで、断られたことはまずない。ましてや相手は進学コースの姫川咲。清楚系で品があり、男慣れしていない。押せばいける、そう思っていた。
咲は、ゆっくりと顔を向けた。その瞳は、驚きでも好意でもなく、ただ静かだった。
「……桐谷くん、誘ってくれてありがとう。でも、ごめんなさい」
「え?」
拍子抜けするほどあっさりした拒否に、蒼馬は瞬きした。
咲は少し困ったように笑う。
「恋愛って、ちゃんと相手を大切にしようと思える人としたいから。桐谷くんがどういう人か、まだ全然知らないのに、簡単には決められないかなって」
その言葉は柔らかいが、曖昧さはなかった。
だが、蒼馬は納得できなかった。
「いやいや、俺、結構真面目に誘ってるんだけど?」
「そうなの? ……でも、昼休みにも他の女の子と似たようなこと言ってたって聞いたよ?」
ドクン、と心臓が跳ねる。
周囲で聞いていた生徒たちがざわつき始めた。
蒼馬の顔に、少しずつ火が灯る。
「いや、それは……ただの軽い会話で……!」
「ごめんね、でも……私は“軽い感じ”で付き合うのは、ちょっと」
咲は一礼して、くるりと背を向けた。
その背中は、どこまでも清廉で、凛としていた。
蒼馬は、なすすべもなく立ち尽くす。
手応えがあるはずだった。自信はあった。
なのに、初めて通じなかった。
「……何なんだよ。陰キャをかばったり、俺の誘いを断ったり。あいつのせいかよ……」
思わず口をついた言葉。それは嫉妬と混乱が入り混じった、逃げの感情だった。
そのつぶやきを、静かに見ていた者がいた。
進学コースの聖女の一人、黒瀬結愛。
近くのベンチで本を読んでいたが、ページをめくる手が止まっていた。
「……やっぱりね。自分が否定されたときに、他人のせいにする男って、浅い」
結愛はそう呟き、蒼馬に声をかけた。
「桐谷くん、アドバイスしてあげよっか?」
「……は?」
「女の子を誘うときは、“自分がどう見られてるか”を考えてからにしたほうがいいよ。“俺ならいける”で動いたら、いつか痛い目見るから」
彼女はそう言って、ふっと微笑む。
「……というか、もう見てるけどね、痛い目」
蒼馬は顔を真っ赤にして舌打ちし、その場を去った。
校門の外に出た瞬間、スマホを取り出してSNSを開く。
だが、そこにも“いつもの肯定”はなかった。
通知は少ない。フォロワーも増えていない。
彼の世界が、少しずつ崩れ始めていることに、まだ気づいていなかった。
•
一方その頃――
蓮は、静かな図書室の隅にいた。
参考書を読みながら、昼に起きた出来事を反芻していた。
(姫川が俺を庇った……?)
そんなはずはない。ただ目の前にいただけだ。
だが、あの言葉。あの目。
(……勘違い、じゃない気がする)
「やっぱり、あんたってちょっと面白そうだね」
突然、声がかけられた。
振り返ると、そこには早乙女玲奈が立っていた。
金髪にピアス、進学コースに珍しくギャル。
だが目は真っ直ぐだった。
「今まで興味なかったけど……最近、あんたの名前、よく耳にするから」
蓮は、軽く眉をひそめた。
「……俺に話しかけて得なんてないぞ」
「ふーん。でも、損でもなさそう」
玲奈は笑って、指を軽く振った。
「また話しかけるから、そのときは無視しないでね?」
彼女が去ったあと、蓮はページを閉じた。
窓から差し込む夕陽が、机の上を染める。
「……全部、俺のせいか」
そう呟いた蓮の目は、どこまでも静かで、どこまでも冷静だった。
まるで、全てを見通しているような――