体育祭、揺れる視線
体育祭の熱気が、校庭を満たしていた。
その裏側――準備用テントの奥の、視線の届かない隅で。
「……先輩、今日アンカーっすよね?」
桐谷蒼馬が、手持ち無沙汰そうにしながら声をかけた。
「んあ? ああ。まあ、2年代表は俺しかいねぇしな」
屈強な体格と短く刈られた髪が印象的な、狩野隼人。
総合コースの2年で、体育祭の“看板”のような存在。
「実はちょっと、お願いっていうか……相談っていうか……」
「は? なんだよ急に」
「いや、別に大したことじゃないんすけど……」
蒼馬は声をひそめ、笑いながら続けた。
「1年の進学に、朝霧っているじゃないっすか。あいつ、アンカーで出るらしくて」
「なんかこう、妙に目立ってるっていうか……正直ムカつくんすよね」
「……ふん。進学のガリ勉がリレー? なめてんのか」
狩野の眉がぴくりと動く。
蒼馬はその反応を見逃さず、言葉を選んで続けた。
「もちろん。別に何かしてくれってワケじゃないっすよ? でも、こう……ガチでぶつかってくれたら、すげぇ見ごたえあると思いません?」
「……ふん。お前、そういう言い方するの、前から上手いよな」
「ははっ。俺、あくまで“応援”してるだけっすよ。先輩の走りに」
「……わかったよ」
狩野は口角を持ち上げ、ゆっくりとストレッチを再開した。
「まぁ、ちょっと本気で走れば――勝手に潰れるだろ、そいつ」
蒼馬は何も言わず、ただその横顔にうっすらと笑みを浮かべていた。
•
午前の競技、第4種目――二人三脚(1年進学コース代表)
ペアはランダム抽選。
その結果、呼ばれたのは――朝霧蓮と早乙女玲奈だった。
「……へ?」
玲奈は一瞬だけフリーズした。
そして、やや遅れて隣に並ぶ。
「し、しっかり走れよ? これ、意外と難しいからね!」
「わかってる」
ぶっきらぼうに見えるその返事が、妙に耳に残る。
足元を縛る紐を朝霧が結び終えると、玲奈はちらりと彼を見上げた。
「……こけんなよ?」
「そっちもな」
そのやりとりだけで、なぜか心臓が忙しい。
スタートの合図が鳴る。二人三脚のペアが一斉に駆け出す。
朝霧と玲奈のペアは――速かった。
呼吸、歩幅、タイミング。すべてがぴたりと噛み合っていた。
(なにこれ、めっちゃうまくいってるじゃん……)
ゴールが見えたころには、玲奈の頬は熱くなっていた。
走ったせいだけではないと、自分でもわかっていた。
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観客席の一角。
黒瀬結愛と姫川咲は、その様子を黙って見つめていた。
「……意外と、いいペアね。あのふたり」
咲がぽつりとつぶやいた。
「うん。息合ってる」
結愛の返事は、少し硬かった。
「なんか、いい感じに見えるよね」
「……たまたまでしょ」
少し沈黙が流れる。
咲もまた、笑顔を浮かべながら、胸のざわつきに気づいていた。
(……なにこれ、変な感じ)
結愛もまた、胸の奥がざらついていた。
(……別に、あたしには関係ない。はず、なのに)
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午後の競技前。
グラウンドの隅で、朝霧蓮はひとり、ストレッチをしていた。
真剣な表情。
静かな空気。
話しかけづらい――けれど、目を離せない。
咲は少し離れた位置から、その背中を見ていた。
声をかけようとして、やめた。
結愛もまた、陰からそっと見つめていた。
けれど、ただ見ているだけで、心がそわそわする。
玲奈は、わざとそっぽを向きながら、
誰かに気づいてほしそうな視線を、朝霧に投げていた。
誰も言葉を交わさない。
けれど、目は。
確かに、彼だけを追っていた。
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夕暮れの影が、グラウンドに差し込む。
そして――リレーが始まろうとしていた。




