気づいてくれたのはあなただけー姫川咲
春の終わりとは思えない日差しだった。
5月の空とは思えないほど、陽射しが肌を刺す。
来週に迫った体育祭――
全学年合同で行われるこの学校最大のイベントの準備が、いよいよ本格化していた。
グラウンドではテント設営、白線引き、道具運び……
生徒たちはコースの垣根を越えて動いていた。
進学コースの姫川咲もその中にいた。
「咲、マジありがと~! うちのクラス、男子ほぼサボりなんだけど」
「姫川さん、さすがって感じっすね~!」
そんな軽口が飛ぶ中、咲は笑って応えて、白線の補強テープを引き続けていた。
(みんなに頼られてるのは、悪くない)
(でも……ちょっと、暑い)
その程度だった。
そう思っていた。
•
日陰に並ぶ道具置き場では、朝霧蓮がテント用具の点検をしていた。
彼も進学コース代表としての役割をこなしていたが、黙々と必要な作業を淡々と進めているだけに見えた。
だが――咲が足元のテープを引こうと、無理に前かがみになったとき。
「……っ」
立ち上がった瞬間、視界が揺れる。
足元がふらつき、重心が傾いた。
次の瞬間。
「大丈夫?」
支えられた。
すっと差し伸べられた手が、肩をそっと押さえて安定させてくれる。
振り向くと、すぐ隣に蓮がいた。
「……朝霧くん……?」
「少し、ふらついてた。無理しない方がいい」
彼は目を細めて、咲の顔を見つめた。
その視線に、嘘は一切なかった。
「水、飲んだ?」
「……まだ、今日、あまり」
蓮は無言でポケットから冷たいペットボトルを取り出し、咲の手にそっと握らせた。
「保健室、行こう」
•
保健室のベッドで、咲は天井をぼんやりと見つめていた。
(熱中症って、こんなふうになるんだ……)
ずっと無理してきたわけじゃない。
ただ、手を抜くのが嫌だっただけ。
「ありがとう。……ほんとに、助かった」
さっきは咄嗟で言えなかった言葉を、誰もいない空間で小さく呟いた。
(私にまで……そんなふうに気づいてくれるなんて)
優しい人なのは、知ってた。
過去に一度、助けてくれたときも。
仁科さんのときも。
でも。
(……わかってた、優しい人だって。でも、これは――)
(こんなふうにされたら……意識してしまう、よ)
その感情は、言葉にするにはまだ早すぎた。
けれど、胸の奥で確かに、何かが高鳴っていた。
咲はタオルケットを胸元まで引き上げて、ぎゅっと握った。
(……どうして、あんなふうに)
冷たいペットボトルの感触が、まだ指先に残っていた。