ざまぁ × 優しさ × 恋の目覚め
放課後、中庭。
風が少し強くなり、木の葉がさざめいていた。
ベンチの前、仁科ひよりはうつむいたまま、両手をぎゅっと握っていた。
目の前には、無言のまま立つ朝霧蓮。
「……あの、朝霧くん」
震える声で、仁科は口を開いた。
「私……前から……気になってて……。だから……」
言葉が途中で詰まる。
何度も練習したセリフ。けれど今、そのひとつも出てこない。
「……す、好き……です。よかったら……」
•
植え込みの陰。
蒼馬がスマホを構えて、ニヤついた。
「……来た来た来た……!」
だが――
その瞬間、蓮がふっと息を吐いた。
「仁科さん。ごめん、でも……これは、やめておこう」
仁科の顔が驚きに変わる。
「……え?」
「君、誰かに頼まれて、これをやってるよね?」
静かだけれど、まっすぐな声だった。
「……っ」
仁科の目が、ゆっくりと潤み始めた。
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「君の顔を見て、わかったんだ。
告白って、そんなに苦しそうにするものじゃないと思う」
蓮は、優しい目で彼女を見ていた。
「誰かにやらされて、嫌なのに無理してるなら……もう、やめよう」
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仁科の涙が、ぽろりと頬を伝う。
「……ごめんなさい、ごめんなさい……」
蓮は静かに頭を下げた。
「謝ることじゃないよ。
俺の方こそ……守ってあげられなくて、悪かった」
•
その場にしゃがみ込んで泣く仁科に、
蓮はハンカチをそっと差し出した。
•
校舎裏。
スマホを握っていた蒼馬の顔が引きつる。
「……は?」
取り巻きが引いた顔でつぶやく。
「なにこれ……全然面白くねぇじゃん」
「てか、仁科さんマジ泣きしてるし……」
「……これ、ドッキリってバレてるってこと?」
「バレてるっていうか……朝霧、見抜いてたよな。最初から」
誰も笑っていなかった。
蒼馬だけが、汗ばんだスマホを握りしめていた。
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翌日、動画は意図せずクラス中に流出していた。
誰かが蒼馬のスマホをこっそり操作して、
撮られたままの映像を転送したのだ――という噂。
だが、真相はわからない。
ただ、確かなのは――
蒼馬が完全に終わったことだった。
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「最低すぎ……」
「人の気持ち利用して笑い取ろうとか、ありえない」
「朝霧くん、あのとき何も責めなかったよね……本当に優しい人だと思う」
•
教室の隅。
蒼馬のまわりには、誰もいなかった。
「ちょ、マジで誰か……」
声をかけようとした瞬間も、視線だけが突き刺さる。
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昼休み。
姫川咲は教室で蓮の後ろ姿を見つめていた。
何も言わない。自慢もしない。
けれど、ちゃんと“誰か”を救っていた。
(……こういう人なんだ、朝霧くんは)
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黒瀬結愛は図書室でページをめくっていたが、途中で手を止める。
(……名乗る勇気、出してればよかった)
(彼なら、ちゃんと聞いてくれたのに)
ページの文字がぼやけるほどに、胸の奥がほんの少しだけ、温かくて、苦しかった。
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早乙女玲奈は自販機の缶を握ったまま、
ため息混じりにぽつりとつぶやく。
「マジで、かっこよすぎでしょ、あれ……」
自分の中にある“何か”が確かに揺れ始めているのを、まだ言葉にはできなかった。
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誰も何も告白していない。
でも、“想い”は――もう止まらない。
静かに、でも確かに、三人の中で“彼”の存在が変わっていた。