陰キャ進学男子、陽キャに目をつけられる
煌陽学園。
名門私立として知られ、進学実績では全国上位に入る実力校――だった。だが、少子化の影響で数年前に総合コースを新設して以来、校内はある種の二極化が進んでいた。
進学コースは、ひたすらに勉強。静かな教室、積み重なるテキストと問題集。
総合コースは、自由な校風。染髪・ピアス・SNSのフォロワー数自慢。芸能活動をしている者もいる。
表向きは「お互いの個性を尊重する」ということになっているが、実際は違う。
一部の総合コースの生徒たちは、進学コースの生徒を見下し、こう呼ぶ。
「陰キャの巣窟」
そしてその“最陰”にして“最静”と恐れられているのが――
「朝霧 蓮」
昼休み、カフェテリアの隅。
彼はいつものように、購買のパンと缶コーヒーを片手に、誰とも話さず静かに座っていた。
「おーい、おーい。いたいた」
派手な髪に高級スニーカー、騒がしい笑い声を響かせて、桐谷蒼馬率いる総合コースの陽キャ軍団が近づいてくる。
「進学コースの陰キャ王子じゃん。よっ、また今日も一人飯? そんなんで人生楽しい?」
取り巻きが笑う。だが蓮は、缶コーヒーを静かに口に運ぶだけ。まるで眼中にないと言わんばかりに。
「ってかさ、さっきのテスト返却、マジで笑ったわ~。朝霧って奴が一位? 誰? そんなやつ知らねーんだけど」
「あー、こいつじゃね?」
蒼馬が指差す。数人がざわつく。
「嘘、こいつが一位? え、ガリ勉って意外と地味?」
「地味ってか……陰気?」
その時。
「……ちょっと、やめてくれない?」
柔らかな声が、空気を切り裂いた。
振り返ると、そこには一人の女子生徒が立っていた。
癒し系の微笑み、淡い栗色のセミロング。誰もが知る「学年一の天使」、姫川 咲。
彼女は進学コースに所属し、成績も品行も非の打ち所がない。
咲の一言に、蒼馬の笑みが一瞬引きつった。
「え、姫川さん? いや、別に……ちょっと冗談で――」
「そういうの、冗談って言わないよ。相手が笑ってないなら、それはただの迷惑でしょ?」
ピシャリとした物言いだが、彼女の柔らかい口調はどこか心に刺さる。
「それに……朝霧くんは、努力してあの順位を取ったんだと思う。馬鹿にする権利なんて、誰にもないよ」
咲の言葉に、その場の空気が一変する。
「……あーあ、また咲か。ほんとあの子、誰にでも優しいよな~」
カフェテリアの隅から、ひそひそ声が聞こえた。そこにいたのは、同じ進学コースの才女、黒瀬 結愛。長い黒髪に知的な眼差し、冷静沈着で周囲からも一目置かれる存在だ。
「でも、あの陰キャにまで肩入れするのは意外かもね……」
呟きながら、彼女の視線が蓮の方へ一瞬だけ向けられる。
「……名前は知ってたけど、顔は初めて見た。静かすぎて、存在感ゼロだったのに。ちょっと……気になるかも」
その言葉に、隣の席の女友達が思わず目を見開く。
「えっ、結愛が興味持つとか珍しい!」
そしてその頃、廊下の自販機前。
「あいつらまたやってんの?」
制服のスカートを軽くめくりながら、早乙女 玲奈が友人と話していた。
ギャルっぽい外見だが、性格はサバサバ。
学力は高く進学コースに所属している。
「朝霧……確か、昔私を庇って怪我した子もそんな名前だった気がするんだよね」
玲奈は空を見上げ、懐かしそうに呟く。
「でも……まさか、あの地味な子が……?」
自販機のジュースを受け取り、彼女は口元を緩めた。
「ま、今度ちょっと話しかけてみよっかな」
そして、当の蓮。
カフェテリアを出た後、校舎裏の人気のない空き教室で、黙々と自重トレーニングをしていた。
「……くだらない」
そう呟きながらも、彼の動きには無駄がなく、完璧なフォームと筋肉の制御がある。
一瞬のブレもないトレーニング。彼は明らかに、ただの“勉強しかできない陰キャ”などではなかった。
「出る杭は打たれる、か。じゃあ俺は、打たれない高さまで、一気に跳ねるだけだ」
誰にも知られない場所で、彼は静かに牙を研いでいた。