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最近、学園に行く度に視線を感じる。
かなり粘っこい……、いや、情熱的な視線の先には、必ずエリノーラがいた。
それに気付いてからは、視線を感じても出来るだけ見ないようにしている。
「何がしたいんだろ……?」
食事中も突き刺さるような視線を感じる。
そのせいで折角の昼食が美味しく感じられない。
「あ~~~、また見られてますね」
「俺の気のせいではないんだな……?」
「ええ。確実にこちらを見ていますね。……殿下、何かされました?」
「したと言えばしたが、毎度おなじみの忠告をしただけだ。これに関しては隣国との関係に関与している為、いつもより早急かつ厳しめに対処した」
そう、ノーマン殿下の件で釘を刺して以来、何故か彼女はこちらを見てくるようになったのである。
忠告をした当初は大人しくしていたのに、何故か一週間もする内に俺を注視してくるようになったのだ。
恨み事でも言いたいのかと身構えていたが、見てくるだけで何も言わない。
静かにずっとこちらへ熱い視線を送ってくるだけなのだ。
「あの視線、まるで殿下に恋をしているようですわね」
「本当に。私達の元婚約者が傍を離れた途端に、まるで手のひら返しのようですわね」
そう嫌味を交えながら冷たい口調で話すのは、宰相子息と騎士団長子息の元婚約者であるオルリアン伯爵嬢とライゼス辺境伯令嬢だ。
気付けば彼女達二人と、ラントレー侯爵子息との四人で昼食を食べる仲になっていた。
ラントレー侯爵子息は、入学式の後で俺に一番初めに話し掛けてくれた令息だ。
彼はいわゆるクラス委員長ポジションの令息で、貴族・平民関係なく面倒見が良いため、クラスメイトから非常に慕われている。
エリノーラの騒ぎを一緒に収める内に気づけば仲良くなり、そこにオルリアン嬢とライゼス嬢が交じる形で落ち着いた。
その頃にはエリノーラの下へ宰相子息と騎士団長子息の二人も来なくなり、教室が平和になったのだが、何故かそれと同時に俺へと熱い視線を寄越してくるようになったエリノーラ。
「恨まれてる訳ではなさそうだが……」
不気味の一言に尽きた。
出来れば視線の真意を聞きたいところだが、こちらからは絶対に接触したくない。
どうしたものか……。
「誰かにそれとなく探りを入れさせましょうか?」
「可能かな?」
「ええ、クラスメイトの子達と相談してみますわ」
「ありがとう、ライゼス嬢。面倒を掛けてすまないが宜しく頼むよ」
「お任せ下さい」
その後、ライゼス嬢がクラスメイト達に頼んで何人かで探りを入れてくれた結果、エリノーラの考えている事が朧気ながら見えてきた。
「あ~、なるほど……。俺が散々他の男との仲を邪魔するのは、まだエリノーラに未練があるからか……、なるほどね……って、そんな訳あるか!」
思わず調査報告書を机に叩き付けて、ハッと我に返る。
俺の目の前には、今回の件で報告を挙げてくれたライゼス嬢とオルリアン嬢、そしてラントレー子息がいたからだ。
案の定、今までの王子様ぶりが嘘のような俺の言葉に、三人は少しだけ目を大きく開け、呆然としている。
「す、すまない……。有り得ない彼女の言い分に、思わず気持ちが高ぶってしまった……」
慌てて叩き付けた書類を整えると、くすり…と小さな笑みがライゼス嬢の口から漏れる。
それを皮切りに、オルリアン嬢とラントレーの口からも笑みが零れた。
「殿下は意外と口が悪くていらっしゃるのね?」
「お恥ずかしい限りです。普段は王族として取り繕ってはいるのですが、ご覧の通り気を抜くとつい乱暴な言葉使いになってしまいます……」
「では今まで無理をされていたのですか?」
「……無理をするという程ではないのですが、気を抜くとつい……」
「僕は、全く気になりませんよ。むしろ殿下に親近感が湧きました」
「そうですわね。わたくしも、以前の殿下より野性味のある殿下の方が好きかもしれません」
「宜しければ今後も私達の前では言葉を崩して頂いて大丈夫ですよ」
「ありがとう、三人とも……」
それから少しだけ砕けた口調で話すと、更に会話が弾んだ。
やはり俺が王族ということもあり、三人も少しだけ緊張していたらしい。
「しかし彼女には困ったものだな。まぁ、彼女との婚約は既に解消されているし、無視をすればいいんだが……」
しかし何かを期待するような粘っこい視線を終始向けられるのは堪える。
「それよりも殿下、とても良い案がありますよ」
「いい案?」
「ええ、殿下が婚約者を作ればいいのです」
「婚約者か……」
学園入学後にひととなりを見定めて決めたいとは思っていたが、トラブル製造機のエリノーラのせいでうっかり忘れていた。
父からも特に誰かを薦めてくることもなかったので、どうしたものかと思案する。
ちなみに、王子だからと言って女性にモテるかと言えば、実はそうでもない。
何故なら俺は第二王子ゆえにこのまま兄が王位を継げば、自動的に公爵の地位になるからだ。だがこの公爵位、実は一代限りのため、余り旨みがあるとは言えない。
どこかの馬鹿がやらかして領地が浮けば俺に与えられる可能性もあるが、基本的に俺の子どもは全員が婿や嫁に出されることになる。
まぁ、それでも公爵としての年棒だけでもかなりの額になるので、下位貴族のご令嬢にとっては高嶺の花なのだが、残念ながら結婚相手は伯爵位以上と限定されている。
一番いいのは婿養子に入ることなのだが、それこそ今から探すのは至難の業である。何故なら伯爵位以上の令嬢は、幼少から婚約者がいることが殆どだからだ。
あれ……、俺、意外と詰んでね?
「良い人が居ればいいんだけど……」
「それでしたら僕に一人心当たりがありますよ」
「ホント?!」
思わず前のめりでラントレーに詰め寄ると彼はにっこりと笑って隣にいたライゼス嬢へと視線を向けた。
吊られるように視線を向ければ、彼女はにっこりと綺麗な顔で微笑む。
「わたくし、現在婚約相手を募集中ですわ」
「そうだったんだね。てっきりもう次の相手は決めているのかと……」
騎士団長の子息と婚約破棄した後、どうやらずっとフリーだったらしい。
宰相子息と別れたオルリアン嬢は既に次の相手が見つかったと聞いていたので、ライゼス嬢も決まっていると思っていた。
「わたくしは一人娘ですので、どうしても婿に入って頂かなければなりません。ですので、お相手の吟味に時間を要しておりましたの。ですが殿下に来て頂けるなら大歓迎ですわ」
「俺は武術が余り得意ではないけど構わないのだろうか?」
「まぁ、ご謙遜を。騎士科の方々との模擬戦を拝見しましたが、あれだけの腕がお有りなら辺境地でも十分活躍していただけますわ」
ライゼスは隣国との境にある辺境だ。
辺境といえば物騒なイメージもあるが、隣国とは同盟を結んでおりかなり良好な関係である。
とは言え、いつ何があるか分からないゆえに、辺境では武術の高さが求められる。
幼少からそれなりの家庭教師に学んでいるとはいえ、さすがに騎士団長の息子に劣るのが心配なところだ。
しかし、辺境伯と言えば侯爵位と同等であり、将来生まれてくる子どもに爵位を継がせてあげられるのはこちらとしても非常にありがたい。
彼女が俺程度の武術力量で良いというのであれば、俺としても願ってもない縁談である。
「では陛下に相談の上になるけど、前向きに検討させてもらうね」
「良いお返事を期待しておりますわ」
うふふ…と楽しそうに微笑む彼女の顔がほんのりと赤い。
それを見ているとこちらまで妙に照れてしまう。
それによく見ると、彼女は俺の好みの容姿をしている。
さらりと長い青味がかった銀髪に、睫毛の長い大きな瞳。武術を嗜んでいるのか、均整の取れた身体はプロポーション抜群である。
可愛い系より綺麗系派な俺としては、好みド真ん中。
灯台下暗しとはこのことで、今まではエリノーラの被害者友の会のメンバーという認識だったが、いざ婚約者候補として彼女と対峙すると妙な緊張が俺を襲う。
思わず何を話していいのかと助けを求めるようにラントレーに視線を向けるが、彼は彼で妙に嬉しそうな顔で俺とライゼス嬢を見ていた。
自分が薦めた縁談が上手くいきそうで嬉しいという顔だ。
そしてその隣のオルリアン嬢はというと、妙にニヤニヤした顔でライゼス嬢を見ている。
淑女にあるまじき顔だが、前世ではよく見た顔だ。
あれだ、恋人が出来た友達をからかう時に浮かべる表情だ。
俺もよく友人が告白に成功した後はあんな顔で友人を小突き回した記憶がある。
そうして思い出す。
いつも昼食時に俺の隣に座るのは彼女で、オルリアン嬢の婚約が決まった時も羨ましそうにこちらを見てきていた。
男性を紹介して欲しいのかと思っていたが、あれは俺に対する視線だったという訳か……。
「もしかして、俺って鈍い?」
呟いた言葉に反論はなく、全員が曖昧な顔で俺に微笑んだ。
つまり、そういうことである。