表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/8



 エルフィナリア王国の第二王子、レグリアスとして生まれた自分に前世の記憶があると気付いたのは、十歳になった時のことだった。

 婚約者だと紹介されたエリノーラ・バードナーに会った時、どこかで見た顔だなぁと、ぼんやりと思った事が切っ掛けだ。

 その瞬間、急に激しい頭痛に襲われて、机に突っ伏した。

 そして何故かそれは相手のエリノーラも同じで、二人して頭を抱えながら気絶することになったのだ。

 当然、その場は蜂の巣を突いたような大騒ぎになり、お茶を淹れた侍女が拘束され、茶菓子に関わった全ての人物が牢屋に収監された。

 目を覚まし、その事を聞いて慌てて牢屋へ駆けつけたのを、今でもよく覚えている。

 俺とエリノーラは飲み物に口を付けていないことを説明し、婚約者との初顔合わせに緊張して前日に余り寝ていなかったからだと弁解した。

 だが俺だけの説明では信じて貰えず、何とか拘束されていた全員を助け出した時には既に三日が過ぎていた。

 何の罪もない使用人の命が掛かっているので、俺は必死でその間助命に奔走した。当然婚約者であるエリノーラにも会って彼らの助命をお願いしようと思っていたが、何故か面会を拒否された為に三日も掛かったのだ。


「あの女……、俺と同じ転生者の癖に何で助けねぇんだよ!」


 気を失う寸前、同じように頭を抱えていた彼女が呟いた言葉を俺は聞き逃さなかった。

 彼女は確かに『転生……、うそ……』と言っていたのだ。

 だから同じ転生者として協力して貰おうと思ったのに、何故か面会謝絶。

 体調が戻らないからという理由だったが、どう考えても俺を避けているとしか思えない。

 事実、俺ではなく陛下からの手紙で漸く、彼女もただの頭痛だったと返事をしてきたからだ。

 それで何とか使用人の全員を牢から出すことに成功したが、あと数日遅ければ何人かは死んでいたかもしれない。


「糞が……っ」


 助かった全員がそれはもう感謝してくれたが、むしろ俺のせいで申し訳ないことをした。

 だから、全員をそのまま俺の王子宮で採用しているし、あれ以来本当にみんな良く働いてくれている。

 しかしだ……。

 あれからもエリノーラとの仲は改善していない。

 何故なら、彼女は理由をつけて俺と会おうとはしない上に、会ってもお茶を飲んだら直ぐに帰ってしまうからだ。


 なので、俺は父に頼んで暫くの間だけ、彼女に密偵を付けて貰った。

 密偵にお願いしたのは、彼女が一人の時の言動と、見知らぬ文字で何かを書いていた場合、それの写しを持ってくることだ。


「乙女ゲーム『満開の花束を君に』ね………」


 見知らぬ言語で書かれていた為写すのはかなり大変だったらしいが、何とか彼女が知っているこの世界の知識をゲットした。

 その写したノートには日本語でこの世界と思われる乙女ゲームの詳細と、俺と彼女の立ち位置が書かれていた。

 どうやら俺は、高等学園の入学式でヒロインに一目惚れしてしまう王子で、彼女はそんな俺に捨てられて復讐に走る悪役令嬢らしい。


「なるほど……、それで俺との接触を避ける訳か……」


 理由は分かった。

 まぁ、俺を避けるのは仕方ない。

 断罪回避を狙う気持ちも分かる。

 俺も転生前はネット小説をよく読んでいたので、悪役令嬢モノやざまぁモノは楽しませて貰った。


 だが、それでもやっぱり最初に使用人達の助命をしなかったことは納得がいかない。

 体調が悪かったのなら仕方ないが、彼女が意識を取り戻したのは俺と同じ翌朝。

 そして彼女は目を覚ました瞬間に俺との婚約解消を公爵に申し出ている。その後、それが叶わないと知った後は体調が悪いと言って部屋に閉じ篭っていたようだ。

 その間俺が必死で助命の為に彼女や公爵に書簡を送るも無視。

 公爵は一応当日の事情を聞きたいと何度か彼女に言ってくれたようだが、体調が優れないと言い訳し、ひたすら記憶の呼び起こし作業に没頭していたようである。

 業を煮やした陛下が近衛騎士を派遣し、ようやく彼女は当日の詳細を語った。

 当日の関係者が全員牢に拘束されていると聞き、慌ててあれは只の頭痛だったと証言してくれた様子を見るに、悪い人間ではないのだろう。

 だがその後に拘束されていた使用人を気に掛ける素振りは全くなく、現在は必死で乙女ゲームの攻略に勤しんでいる模様だ。


「弟のザイードと護衛騎士のプラーナ卿も攻略対象者なのか……」


 ザイードは腹違いの弟で、プラーナ卿は俺の護衛騎士である。

 彼女の記憶を写したノートによれば、更に宰相の息子と騎士団長の息子、大手商会の息子が加わるらしい。

 商会の息子以外は俺も顔を知っており、宰相子息と騎士団長の息子は兄上の側近候補として名前が挙がっている。

 二人とも俺やエリノーラよりも年上で、商会の息子が同じ年のようだ。

 ノートには、彼らの攻略方法が記載されていたが、既に護衛騎士のプラーナ卿と弟ザイードのルートは消滅している。

 プラーナ卿のルートでは、妹を死に追いやった俺とエリノーラを憎む彼を救うのが攻略方法なのだが、彼の妹は死んでいない。

 何故なら、彼の妹が今回の件で囚われた侍女の一人であり、俺が必死で助けた為、そのルートは完全に無くなっている。

 今は助けた俺に非常に感謝してくれており、兄妹共々俺を慕ってくれていた。

 そして弟のザイードについても既に対処済みだ。

 側妃が亡くなり、王子宮の片隅で寂しく暮らしていたザイードを見つけ、兄として可愛がっている。

 本来なら寂しさ故にヒロインに依存していく弟だが、今では完全に兄上大好きなブラコンになっている。

 ちょっと可愛がり過ぎたかと思ったが、兄弟仲が良いのはいいことだ。

 ちなみに、王太子である兄とも三人で時々お茶をしている。

 兄弟仲を取り持ったとして、父からも褒めて頂いた。ご褒美にとてもいい馬もプレゼントして貰って俺はご満悦だ。

 ただ、兄弟仲とは反比例するかの如く、エリノーラとの仲は冷え切っている。

 一応俺も大人として、何度かお茶や観劇など、仲を深める努力はしてみた。けれど、そのほとんどの誘いを体調不良で押し切られた。

 今では事務的な最低限の付き合いしかなく、俺はもう彼女との関係は諦めている。


「まぁ、ヒロインの矯正も進んでるみたいだし、後はなるようになるだろ」


 ヒロインがどこの誰かさえ分かっていれば、学園の入学を待つ必要はない。

 男爵家が庶子を引き取った話を聞いた俺は、貴族としてのマナーを学ばせないと、学園へ入学させないと母に通達して貰った。

 母にはかなり怪しまれたが、入学後に一人だけマナーが出来ていないと可哀想だからと言い訳した。

 事実、彼女はそれが原因でゲーム内において虐められるようなので、だったら最初から虐められる理由を作らせなければいいと思ったのだ。

 男爵は王族からの手紙に舞い上がることなくマナー講師を雇い、成果も上々だと様子を見に行かせた者から報告があった。


「これで、俺が間抜けな王族としてざまぁされることもないだろう。後はエリノーラとの関係をどうするかだけど……」


 はっきり言って、婚約を継続する意思は俺にはない。

 転生者同士仲良く出来る未来もあった筈なのに、彼女は乙女ゲームだと信じているこの世界で、断罪回避のために必死だ。

 もちろんそれが悪いとは言わない。

 誰だって断罪など嫌だろう。

 だが、せめて俺と一度でもまともに会話した後にどうするかを決めて欲しかった。

 そこで俺が酷い態度を取ったのならば、避けるのも仕方ない。

 しかし彼女に対して一度も失礼な行動を取ったことはないし、そもそも十五分以上まともに会話すらしたことがなかった。

 彼女には同じ転生者だと何度か告げようと思ってみたものの、二人きりになる機会が全くない。

 俺が何かするとでも思ったのか、彼女は俺と二人きりになることを極端に避けたからだ。

 観劇どころか、庭園での散歩すら断られた時にもう諦めた。

 趣味を聞いても好きな物を聞いても無難に答えるだけ。

 彼女は一度として俺の好きなことや普段の様子を尋ねることもなく、いつも会話が続かずにお茶を一杯飲むだけ、僅か十分程の顔合わせだ。


「潮時かな……」


 両親に相談して、婚約破棄を進めるべきかもしれない。

 最初は学園に入学してから様子を見る予定だったが、彼女の非常識な行動でその考えを改めた。

 あろう事か彼女は、学園の入学前に乙女ゲームの攻略を始めたのだ。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
教育って大事なんだなぁと…… 国を生かすため民や臣下を大事にする王族として生きてきた今世の記憶があったレグリアス→起きてすぐさま当日の準備メンバーの事に気付く。 王族との顔合わせで倒れたとはいえ体調不…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ