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メモ 序章・第一章

               1



 ――世界の中でも特に治安が良いと言われ、小さな騒ぎの一つの数さえも少ないとも評される日本。その一県の中の一角に、一際目立った男が帰路についていた。


「ウぃイ~! 今日も俺頑張ったんだぜ! ご祝儀頂戴よぉお・ま・わ・り・さんっ♡」


「なぜ渡さなければならないのだ……それに、祝儀は結婚式に渡すものだろう……」


と、先ほどまで『不審な挙動をしている』という理由で彼――山咲心太の尋問を行っていた若輩の警察官は、『精神的な疲労から出る突発的でひとしきりな精神疾患』と判断した心太の絡みに長いため息をつきながらも、交番の出入り口から彼のことを見送った。


 コンビニ袋に詰め込んだつまみを手に持ち、スケーターのように片足を軸にして体を回しながら帰路につく心太の周りには、運がいいと言うべきか他の住民はいない。


 突発的に起こったことだとは言え、別にそれほど大きい問題になることはないだろうと、警察官は自己完結で済ませたいと願いながらそう思った。



「俺の好物はハンバーグッ‼ 生粋のチャイルド舌だよ~!」


そう言いながら自身の帰るところ――都市の郊外に建てられたアパートの一室の中に蹴破るようにして入り込んだ心太は買ってきたつまみを抱きかかえたまま、床に敷かれた布団に飛び込んだ。下敷きになったつまみの汁が布団や心太のスーツ、木製の床にまで沁み込むが当の心太は気にすることはない。潰れたつまみと汚れた布団をそのままに、上着を脱ぎ捨てた心太はその上着から零れ落ちたスマホに声を掛ける。


「へぃいっSIRI! この揚げだこになった体を冷凍するためにエアコンをパワーしてちょうだいっ‼」


『――すみません。よくわかりません』


「なんだよぉ俺のためにキンキンにしてくれっての! 寒いギャァグでも歓迎さ‼」


『――』


そう語りかけはした心太だが、ついには何も答えなくなったアシスタントアプリには、まるで興味を持たなくなったかのようにその底なしの明るさを、床に置かれた携帯型のゲーム機に向けた。


「だぁれも俺に構ってくれないのっ、だからさ『コード=ファンタジー』‼ 今日も俺を楽しませてくれよ~」


 『コード=ファンタジー』。

今から一年ほど前に、とある技術学校にある部活が発表した新規レトロRPGゲーム。今や古臭くて仕方ないはずのレトロゲームだがそのシナリオの凄さと、敵を倒していくゲームなのにその一体一体の鬼畜さが受けて、その年の日本のゲーム大賞で特別優秀賞を取ったといういわば『神ゲー』。


 ストーリーは主人公が住んでいた村に、ゲーム内で敵として出てくる魔王軍の四天王の一人がやってきて、その四天王を倒した主人公が仲間と共に魔王軍の根絶を目指すというありきたりなもの。それだけでは心太が惹かれることはなかっただろうが、その最序盤含めて敵の強さや不意打ち的に発生する即死級イベントの攻略が面白さを引き出させており、常日頃の疲れをも忘れさせてくれるのだ。ちなみに心太は、再序盤の戦闘から進んでいない。

 

「おうおうおう! 今日も派手にカチコんじゃってぇ~‼ 黙って俺に殺されて、いい加減俺にヒロイン抱かせてチョーだい!」


モニター越しに繰り広げられる彼のアバターと四天王――でっぷりとした体を持つゴリラ風の巨躯――ゴーガとの戦い。調子よく生き込んで戦闘に入り込む心太だが、その相手であるゴーガの攻撃は、全てが『通常攻撃』だが同時に全て『会心の一撃』。ターン性のRPGであり最序盤であるのだからたった一発当たっただけで瀕死同然になる。つまりこのゴーガは、『回避』という運を持って倒すほかないのだ。


「ちょっとちょっとなんなのさぁ! アタシにいい加減ヒロインの可愛らしさを見せさせてよ! ただヒロインがかわいいだけってことしか知らないじゃない!」


オカマを思わせる愚痴をこぼす心太の目の先、モニターでは彼のアバターが踏みつぶされ、黒髪のヒロインがゴーガに首を絞められるシーンと『ゲームオーバー』の文字が映し出されていた。もうこの光景は三桁を超えた。


いつもは時間が許す限りはやり込むのだが、今日は気分が乗らない。電源をぶち切った心太は雑に手にしていたゲーム機を放り投げた。ゴッ、と音を立てて壁に突き当たる。


「あーぁ……俺が戦えばこんな悠長に座ってヒロインがブッされるのを見なくて済むんだろうなぁあーくそくそくそ」


 愚痴に等しい、叶うはずのない望みを口にしながら心太は放り投げたゲーム機から目を背ける形で、自身の腕を枕にして床に寝転がった。つまみの汁がこぼれたその上に。


――ゲーム機に刻まれた亀裂から、火花が散った。



              2



「むみゃむみゃ……おいマイマダー。今日の朝食は素敵なハムエッグとシュールストレミングをお願いね♡ きっといいお目覚めになると思うの――」


「――誰が貴様の母親だ。それと、そのしゅーるすとれみんぐというのはなんだ?」


「ん?」


あり得るはずのない第三者の声。それも低ボイスな女性の。思わず心太はその場から身を起こす一体どれほど眠っていたのか――。


「……わーお」


「な、なんだ……?」


「君すっごい美人だね。うんすっごい美人。僕ちゃんのハニーにふさわしいよ‼ だからさ、その剣下ろしてくれない?」


「さっきから訳の分からない言葉ばかりを吐く貴様のような兵器に対して剣を下せるわけがないだろう!」


「オウオウオゥ‼ 分かった分かったよ気の強いマイハニー!」


 目頭を赤く染めてこちらを睨む黒髪の少女に対し、野の上に寝転がっていた心太は胡坐をかく形のままその両手を上げる。――ずっしりと重く、鋼鉄に包まれた自身の両手と、剣先を向けてくる少女の姿を見て心太は声を上げた。


「ねぇ君……いや、『ミラ』‼」


「――⁉ なぜ私の名前を」


「人の話に割り込まないのっ。……で、ちょい自分の姿を見れるもの持ってきてくれない?鏡でもいいし、宝石ならなおさら歓迎だ! 君とそれを攫えば幸せに暮らせそうだからね」


「……」


そうお茶らけた様子で話す心太の態度と言葉に、彼らの周囲を囲む市民だけでなく、剣を突き付ける彼女――ミラも、自身の名を目の前の男が口にしたことに困惑の様子を隠せずにいた。




               1



「ねぇねぇミラミラ」


「気安く貴様のような怪物が私の名を口にするな!」


「いいじゃんいいじゃん。名前ってのは君のような天使を呼ぶために人間様が考えた叡智なのさ! ちなみにきったねぇ奴は豚か牛で十分だ! ――で、これが俺なの?」


そう言って、未だ自身に対して剣先を向けてくるミラに対し心太は、その目先を彼女の顔から地面に置かれた鏡に目を向ける。無論、そこに移るのは自分の姿だけ――の、はずなのだ。


「これが今の俺の姿? ひゅう、なかなかにクールだけど、ロボットならぜってぇでっかくするのが憲法だろ‼ 日本国憲法にも第一条に書かれています!」


「……?」


好き勝手に愚痴をこぼし、縄で縛られた身であるにも関わらず未だ彼以外理解のできない言葉を綴る心太に対し、思わずミラの手から僅かながら力が抜ける。ちなみに日本国憲法の第一条は『天皇は、日本国の象徴であり日本国統合の象徴であって、この地位は、主権の存ずる日本国民の総意に基く』である。


 彼が口をこぼす理由――彼の姿が、鋼鉄から構成される人型の兵器に変わっていたのだ。鉄とは異なる鋼が体の大部分を占めており、関節部分からは配線とエンジン機と思われる部品が露になっている。そして、もっとも特徴的ともいえるこの姿の特徴――口をなくし、代わりに増やされたハイライトの四つの目。盾に伸びた頭部、そこから横に伸びた角。


「う~ん。顔も前よりハンサムになったじゃないの! ねぇミラ! この顔に免じてお付き合いを考えてチョーだい‼」


「き、貴様……」


「あー当然だよね‼ 急に俺みたいなイケメンに告白されたってんなら動じちゃうのも当然か! 勿論俺は紳士さ。いつでも返事は待ってあげるよ」


「紳士って普通俺だなんて言わねぇだろ」


 誰かがそうこぼす。間違いなく耳には入ったであろうに心太は気に留めることはない。だが、代わりにと言わんばかりに辺りを見渡す。


 アパートが急に解体されて周りに木造建ての住宅が建て並ぶだなんて考えられない。それは、目の前の少女の存在もそう伝えている。今や日本中で知れ渡ている『架空』の存在が自分の前に現れるわけがないのだ。


「いやぁ助かったよ! 君がいなかったら俺アパート急にぶっ壊して映画の撮影に入ったって嘘言われたら信じちゃってたよ‼」


「……貴様と話していると、気が狂いそうだ」


「おっとそいつは酷いな‼ 君がどんな女の子かやっと知れたのは嬉しいけど、そんな暗い感じなのはお似合いじゃないさ! だから俺がこうして明るくしてあげようとし・て・い・る・の♡」


「ならばせめて私に通じる言葉で喋れ。そして貴様が何者なのか、なぜ私のことを知っているのか、私たちに利益となることならば全て話せ」


「おっと! ついに聞いてくれましたかと! やっと俺のターンが回ってきた感じ⁉」


そう包み隠すこともなく歓喜の声を上げた心太は、地面に転がされ体を縄で縛られた状態から、陸に打ち上げられた魚のように起き上がり、


「俺は山咲心太! 」



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