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4 過去

 馬鹿親父は、レオニード殿下が私を気に入ったと知ると、ご満悦になっていた。更に、このまま愛人として連れて行くと言って、相応の支度金を提示されるともう有頂天だった。


 この男、妙に見栄っ張りかつ、金に執着する所がある。


「でかした娘よ! いやぁこれで我が家はますます安泰だな!」とか言いながら泣きながら喜んでいたのが実に気持ち悪い。娘を売った自覚は無いらしい。いや、今更殊勝な態度されてもそれはそれで気持ち悪いが。


 ついでに、王家の情報を送る様に、また、必要とあらばレオニード殿下を裏切る様に命じてきたのもキツい。


 人の事をボロ雑巾の様にこき使っておいて、まだ自分達の味方だと信じて疑わない傲慢さが気持ち悪い。


 数多くの政敵を葬り、生き残り続けたせいか、彼は色々と奢っている節がある。春の夜の夢から醒める様に、あっさり没落してしまえば良いのに。


 正妻の馬鹿娘様は、見下して、奴隷同然に見ていた異母姉妹がレオニード殿下に気に入られた事に、いたくご立腹の様子だ。


 「私よりも下賤な血を引くゴミ風情が……」とぶつくさ文句を言っていたが、スルーした。私はもう、この家の娘のアマーリエじゃなくて、セーラらしいし。


 準備といっても大した荷物など、元々無い。母上の形見の品をいくつかと、身の回りの品をいくつか、小さな鞄に入れた。何となく、一抜けしたみたいで気まずかったし、変に嫉妬されても面倒なので、他の姉妹達にはロクに挨拶もせずに、逃げる様に早朝、レオニード殿下の馬車に乗せてもらって、候爵邸を後にした。


 候爵邸を出てからは、特に言葉を交わす事もなく、馬車に揺られる事数時間。私はレオニード殿下に連れられるがまま、王城へとやってきた。道中は何とも居心地が悪い時間だった。下手な事を言うと、「セーラはそんな事言わない!」とか言われそうだし。


 ー


 ーー


 ーーー


 ーーーー


 ーーーーー


「……スペア殿。スペア殿。着きましたよ」


「う、うーん?」


 ハティさんに肩を揺すられて起こされた。早朝から起きたせいか、いつの間にか寝てしまっていたらしい。馬車を降りると、そこは立派な建物の前だった。


「ここが王城。私の住まいだ。今日からはお前もここに住む……いや、『セーラ』は今まで住んでたな。妙な事を言った」


「凄い……」


 目の前にそびえる建物に圧倒された私は、思わずそんな感嘆の声を上げた。王城というだけあって、その敷地も建物の大きさも相当だ。私が今まで住んでいた離れとは勿論、本邸よりも遥かに立派な建物だ。こんな所に自分が居るという事実が信じられない。


 レオニード殿下とハティさんは慣れた様子で先導して歩き始めるので、私はそれに追従する様にして後に続いた。 


「ところでハティさん、先程、私をスペア殿と言っていたのは?」


 気になった事を私は聞いた。


「ああ、それなら、新しいセーラ様、まだ完全にセーラ様になっていないよね。個人的にまだ、貴女をセーラ様と呼ぶのは抵抗がある。だから、当面の間、貴女の事は予備(スペア)と呼ぶわ」


「え、ええ……」


 何だか彼女にも備品みたいに扱われている気がする。いや、実際そうなんだろうけど。


「ちなみに、スペア殿の前にも、今までも何人か、私がスペアちゃんと呼んでいた、ピンク髪の代用品の子はいたよ。ざっと、今のスペア殿の前に14人」


「14人も?」


 セーラ様の代用品、そんなにいたのか。 


「ちなみに皆、セーラ様にはなれなかった。1人を除き、皆レオニード殿下の前から去って行った。嫌気がさして、レオニード殿下の前から逃げ出したのが5人。自己を完全に否定され、他人になるという事に精神を異常をきたしたのが2人。その前にドクターストップがかかって元の生活に戻されたのが3人。性格がクソ過ぎて、懲罰として娼館送りになったのが3人」


「娼館送りって……」


「まあ、そんな連中も居たけど。つまりそれだけセーラ様になれる人間は居なくてね」


 ハティさんは、私を気の毒なものを見る目で見た後、ため息をつく。


「だから、これからせいぜい娼婦に落ちぶれない様に頑張ってね……」


 そして、少し気の毒そうに、私の肩を叩いたのだった。  


「しかし、今の話だと、今までセーラ様になろうとして失敗したのは、合計13人。1人足りません」


「ああ、それなら14人目は私だったんだ」


 ハティさんは、少しだけ寂しげに言った。


「貴女が?」


「ええ、私も代用品として、髪をピンクに染めて、口調も真似て、レオニード殿下の為……というより、哀れな乳兄弟の為に、自分を殺して、セーラ様になろうとした1人なの。かなり惜しい所までいったんだけどね。……私自身が石女(うまずめ)だという事が判明して、泣く泣く、身を引いた」


「自分から、身を引いたんですか?」


「そう。……王族の配偶として、石女だと、色々と問題があってね……」


「そ、そうですか……」


 何というか、生々しい話だ。少し気まずい気分になる。


「1人目でクソ女を引いて、そいつを娼館に沈めた後、傷心のレオニード殿下を身も心も尽くしてお慰めしているうちに、背格好も似ているし、やってみようという話になってね。これで大失敗したなら、いっそレオニード殿下も諦めがついたんだろうけど……。自慢じゃないけど、なまじ、かなり近い所まで再現出来た上に、身体の相性も抜群だったせいで、余計レオニード殿下がこじらせてしまったのは否めない」


「あんたのせいじゃないですか……」


 そう私が言うと、レオニード殿下が話を遮った。


「うるさいぞ。過去の話はどうでも良い。問題なのは現在だ」


「御意。少し、自分語りが過ぎたわ」


 流石にレオニード殿下も苦い経験なのか、ハティさんが話を中断する。かなりハード寄りな話だったのでありがたい。


「ま、そういう事だから、アドバイスが必要なら言ってね」


「はい」


「……ま、半年もてば良い方だと思っているけどね。期待はしてないから。気楽にやって」


「……」


 セーラ様と、私の前の代用品ちゃん達が使っていただろう部屋に案内してもらうと、そこで指定された服に着替える様に指示された。与えられた服は、洗濯はされているが、明らかに着古されていて、更に胸元には血痕の跡があった。


「もしやこれは……」


「察しが良いな。セーラが着ていた服だ。新しいセーラも、セーラと同じ服を着る事になる。……血の跡は気にするな。それは、セーラが亡くなった日に着ていた服でな。発作で吐血してそのまま……」


 曰く付きの服ではないか。亡きセーラ様にはとてつもなく失礼だが、はっきり言ってそんな服着たくはない。


「それにあの……下着もですか?」


 一緒に渡された使用感のあるパンティーとブラを見ながら、私はそう聞いた。


「当然。セーラが身につけていた物だぞ」


「……そうですか」


 かなり抵抗はあるが、どうやら拒否権は無いらしい。私は渋々とそれを着る事にした。ちなみにサイズはぴったりだった。多分、他の代用品ちゃん達も皆着たんだろうなぁ……などと思いつつ、用意された制服(・・)に着替える。


「引き続き、新しいセーラが、正しい本来のセーラになれる様に、改造を続けるぞ」


 楽しげに、それでいて狂気も入った顔で、レオニード殿下は笑った。


「はい……」


 私は、もう抵抗するのは諦めて、頷いた。セーラ様にならなければ私はお役御免で、あの家に戻されるだろう。それだけは嫌だ。



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