3 代用
「で、何故貴女がこの場に?」
「レオニード殿下の護衛よ」
しばらくして、私はレオニード殿下の寝所に来ていた。あとは彼に気に入られて、王城までお持ち帰りされるだけだ。そう改めて気合を入れてここまで来たものの、部屋にはレオニード殿下の他に、ハティさんまで待機していた。
なんだこの人。護衛騎士っていうのは、夜伽の時も侍っているものなのか。
「はは。普段はああいう事をされても丁重にお断りするのだが、今日は特別だ。例外だから不測の事態にも備えている」
先程の軽蔑の視線を向けていた時とは打って変わって、レオニード殿下は楽しそうに笑っている。
「さて……」
そう言ってレオニード殿下は、私へ近づいてきた。私は服を脱ごうと……脱ぎかけのところで止まった。何故ならば、突然彼が私の手を取って引き寄せたからだった。彼の胸に引き寄せられるような形になり身体が密着する。
「わ」
突然の事に思わず声が出た。
「お前、名前は?」
そう言ってレオニード殿下は、私の顎をくいっと持ち上げる。間近に彼の端正な顔がある。整ってはいるが、どこか影のある端正さだ。そして彼の言葉を聞いて、私は何を言われているのか理解する為に時間が必要だった。彼は言葉を続ける。
「名前」
「ア、アマーリエ。アマーリエ・シュヴァルツ」
「アマーリエ……アマーリエだか、アマビエだかどうでも良いが、今日からお前の名は、私が没収する」
「没収……?」
訳の分からない事を言うレオニード殿下。名前を没収とはどういう事だろう。
「お前の名は今日から『セーラ』だ」
そう言って彼は私の胸に手をやり、ゆっくりと揉み始める。
「ちょ……何を……」
「……胸の感触は、まあまあ似ているか。及第点だ」
突然の発言と行動に混乱する私。そんな私をよそに、レオニード殿下は言葉を続けた。
「まあ、よろしい。今日からお前は私の婚約者の代用品だ。私はお前を気に入った。連れて帰る。裸も見せてもらおうか」
彼の言葉の意味が分からない。『何言ってるんだこの人』と心の中で思っていたのも束の間、服を無理矢理剥ぎ取られそうになる。
「ちょちょちょ、待って!」
私は、思わず手でそれを静止した。空気が読めていないのは重々承知だが、そもそもまったく話が読めない。
「レオニード殿下、失礼なのは分かっていますが、少し発言の意味を教えていただけませんか?」
私がそう言うと、彼は一瞬考えるようなそぶりを見せた後、口を開いた。
「……そうだよな。話が読めんよな。すまなかった」
彼はそう言うと、私を解放した。そのまま、ベッドまで行くと、私に顔を合わせず横になってしまう。
「私から説明するのはめんどくさい。ハティ。代わりに説明を」
「そこは自分でしてよ」
「面倒事は嫌いなんだ」
レオニード殿下の言葉を呆れた様に聞いたハティさんは、ため息を1つして、代わりに説明してくれた。
「レオニード殿下には婚約者がいたの。大層仲が良くてね。乳姉妹の私が、はいはいごちそうさまってなる程にラブラブだった。……でも、その婚約者は突如亡くなってしまった」
「え……」
「少し前に、流行り病で亡くなったの。それ以来、レオニード殿下はふさぎ込んでしまわれてね……」
「……」
どうしよう。想像以上に重い話がきた。
「その婚約者と貴女、そっくりなのよ。外見が」
ハティさんは、憐れむ様な視線で私を見ている。
「レオニード殿下は貴女に婚約者の代用品となるのを所望しておられる。セーラ、というのは亡くなった婚約者の名。貴女にはこれから、レオニード殿下の愛人……いや、セーラ様の代用品になってもらうわ」
ハティさんが淡々と説明する。
「……!」
正直、酷い話だと思う。要は、彼が目当てなのは、あくまで私の顔と身体だけだ、という事だ。
「嫌だと言ったら?」
「……この場からお帰りいただくまでね。別に無理強いはしないわ」
それは困る。ようやく、この生き地獄から逃れられるかもしれないのだ。ここまで来て、振り出しに戻るなんて冗談じゃない。
「分かりました」
私は、渋々と首を縦に振った。
「うむ。物分かりがよくて助かるぞ。では、少し、勉強をしようか」
レオニード殿下はベッドからむくりと起き上がると、私を手招きした。
「まず、口調からだな。そこから改造する」
「か、改造?!」
妙な事を言うレオニード殿下。私の困惑を尻目に、彼は言葉を続けた。
「セーラはそんな口調では無かった。もう少し、おしとやかな話し方だった。仕草ももっと控えめで、瀟洒だった。お前とは全く似てない」
「は、はあ……」
「アマービエ、お前は今日、消えたのだ。消滅したのだ。居ないのだ。忘れ去られたのだ。……今日からお前はセーラとして生まれ変わる。いいか?お前は今日から『セーラ』だ。『セーラ』なんだ」
「ア、アマービエじゃなくて、アマーリエです!」
「そんなのどうでも良い。どうせ今日で消えて、忘れ去られる名だ」
助けを求めて、ハティさんに視線を向けると、椅子に座りながら、大して興味なさげに欠伸を噛み殺していた。
「ま、頑張りなさい。あなたがセーラ様になればなれる程、レオニード殿下から気に入られてもらえる」
ハティさんは、鞄から文庫本を取り出して、そちらに注意を向けてしまった。助け舟を出すつもりは無いらしい。レオニード殿下は少し狂気の入った目で、私を見つめる。
「なるだけ早く、セーラになるんだぞ。……私は気が短い方でね」
「そ、そう急に言われても……」
「口調」
「急に言われましても……」
「声色はもう少し、高い。」
「急に言われましても……」
「声色はもう少し、高い。……もう一度」
口調や仕草の矯正、もとい改造が始まると、私の泣き言や手加減を乞う懇願の声は黙殺され続けた。私、アマーリエ・シュヴァルツという人間の人格と尊厳を丁寧に、粉々に粉砕される様な錯覚さえ感じた。
とはいえ、私に出来る事は何も無いので、大人しく彼の指示に従うしか無い。どちらにしろ、あの外見も、そこに住まう住民の心も小汚い離れに帰るのは嫌だったし。
結局、その晩はレオニード殿下に抱かれる事は無く、一晩中、レオニード殿下の言うセーラ様に近づける為の『改造手術』が延々と続いた。