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物語tips:反回帰主義
人類種の永久的な存続のため、新たな惑星に入植し技術を捨て新たな文明を築く回帰に反意を示した集団。惑星入植から3世代目ごろに結成され、今の1桁区の貴族の祖先に当たる。
オーランドから遠く離れた荒野に都市を築く。その名前は古代の言語で“反逆”を意味する“ンブルグ”の名前を冠している。東北地方のアレンブルグ、南東部のソリドンブルグなど。そのうちアレンブルグ地下研究所では、先祖がかき集めた雑多な知識と情報の電子採掘と、回収した知識の応用研究が進められている。これらは回帰主義の権化たる皇の目を盗むようにして代々進められてきた。侍従長ネネは失われた科学やブレーメンの過去など興味があり、一部 反回帰主義者を黙認している節がある。
アレンブルグ地下研究所の成果の1つが身体強化薬剤。フラン・ランはその目的を「入植を繰り返して弱くなった人類の遺伝子を強化するため」と考えている。しかし唯一の成功個体のガンマは逃走し、さらには投与したヒト本来の自我は失われる模様。
なお連邦の宰相デラク・オハンは反回帰主義の一派ではないが……。
日が落ち夜になると吐く息が白く凍るほど気温が下がった。砂漠の夜とはまた違う、冷気に包まれた夜だった。
“おおむね成功”の符牒暗号を野生司大尉の本隊へ送信し、いいこさん部隊はサナハシ市から撤収すべく、運河を渡るためのボート小屋まで来た。
フランが、半ばテウヘルに変化したと言っていたがその脚力や体力はヒトのそれよりも低かった。そのせいで隊員が交代交代で背負って運ぶ羽目になってしまった。
テウヘルの斥候が来ないよう気を配りながら、3艘のカッターを引っ張り出し、それぞれに分乗した。ニケとシィナはそれぞれ別のカッターに乗って1人で漕ぎ、のこり1艘は複数の隊員が協力して漕いだ。
幸いに、夜空に月は無くテウヘルに察知される心配はなさそうだった。対岸の桟橋へ着くと、シィナを先頭にアレンブルグ南東のカーパイヤの村落へ駆け足で進む。
目に付きやすい幹線道路を避けて、トラックの残骸が放置されている運河沿いの工業用道路をひた走る。道の両側は砲撃や火災で焼け落ちたビルの残骸がうず高く積もっている。
ここが連邦第2の都市だったとは思えない。かつては天高くビルがそびえ、オーランドに負けない経済の中心地だった。いったいこの1年間の戦争でどれだけの人々が亡くなり家を追われたのか。途方もない数字だと思った。
シィナは線路の高架下で後続の隊列を待った。
「ねぇ、あんたたちもうちょっと早く走れないの?」
強化兵と言えど装備を背負ったまま駆け足を続けたせいですでに疲労が溜まっていた。シィナは他の隊員より大きい背嚢を背負っていたがその足取りはブレーメンらしく軽快だった。
「小休止だ。全員、水分を補給しろ。シィナ、あまり突出して先行するなよ。もしテウヘルの狙撃兵が潜んでいたら」
「弾なんて見てよければいいじゃないの。何が難しいの」
「部隊全体と協力したほうがいい、と言っているんだ」
しかしシィナは、足手まといは不要、というふうにブレーメンの古語の罵倒語を並べると、壁にもたれかかって私物のトゥインキーを背嚢から出してむしゃむしゃと食べ始めた。
寒さに震えているフランには保温用のブランケットを渡してやった。薄い金属製だが反射防止のため黒く塗られている。
「青1,2。体調はどうだ?」
すると似たような外見の2人が同時に振り向き、
「ええ、問題ありません」「ブレーメンには負けませんから」
目はギラギラに冴え、額には汗が出ていた。ヒトの体では凍えるような気温だったが戦闘服の胸元はだらりと開けたままだ。
「休憩をもう1コマ増やそう。隊員たちに栄養補給もさせるんだ」
「はい、喜んで」
2人同時の返事だった。
出発は全員が十分に休息を取れた後だった。居眠りをしていたシィナを起こし、再び行軍を始めた。
もうだいぶアレンブルグの郊外までやってきた。背後にはアレンブルグの摩天楼のシルエットが夜の空に浮んでいた。周囲にあるのは背の低いアパートメントばかりだった。どこも外壁を残して焼けて崩れ落ちている。あちこちに敵味方の砲撃の跡が残っていた。
突如、ギアとギアが軋むような駆動音が響いた。全員がライフルを構える──多脚戦車の駆動音だ。
シィナが大太刀を抜き、構えた。その真正面に廃屋の壁を突き破って盾蟹のような多脚戦車が出現した。その砲身と機関砲がこちらを見ている。
それを合図に、崩れかかったアパートメントの上階や瓦礫の隙間からテウヘルの歩兵部隊がぬぅと姿を表した。
「伏せろ! 襲撃だ!」
闇夜に銃火が光る。隊員たちは各々、砲弾のクレーター跡や瓦礫の隙間に身を隠し、光る銃火へ応戦した。逃げ遅れた隊員が地面に倒れる。
一方──部隊の先頭──多脚戦車と対峙するシィナはニヤリと笑った。
「こんなオモチャで勝ったつもり?」
機関砲の銃口がシィナを捉える。しかし最初の1発目の機関砲弾が到来するよりも早くシィナは多脚戦車を間合いに捕らえていた。最初の一閃でルガーの盾兼脚部の1つを切り裂いた。ちぎれたチューブから人工筋肉と燃料を兼ねている半可塑性炯素が血液のように漏れ出る。
次の一振りは横薙ぎで、砲塔が切り裂かれる。潤滑油の黒い油とテウヘルの緑の鮮血が一緒に吹き出してくる。たちまち駆動力を失い、多脚戦車はパタリと倒れた。
ニケはクレーターに飛び込んだ。隊員の1人が自身のライフルの排莢詰りと戦っていた。
「俺のライフルを使え。後衛は俺に任せろ。フランを運ぶのも俺がする。全員、シィナの先導で敵の守備範囲から抜け出るんだ。死ぬ気で走れ!」
雄叫び。仲間と自身の血で濡れながら、強化兵たちは吠えた。
ニケは主刀を右手で引き抜き、そして予備動作なしで垂直に飛び上がった──着地──廃墟のアパートメントの3階に陣取っていたテウヘル4匹の手足と頸を切り裂き、最後の1匹は左手で引き抜いた隠し刀で胴体を上下に斬り分ける。
次──フロアを走り抜け、穴から階下へ。横目で仲間が榴弾で宙高く吹き飛ぶのが見えた。
テウヘルの擲弾兵を両手の刀でバラバラに切り裂く。周囲のテウヘルもニケの姿をその赤い目で捕らえたが、機関銃の引き金を引こうとしたときにはすでに頸と胴体が離れていた。
ニケは助走を付けて反対側のアパートメントへ着地──しながら1匹のテウヘルに深々と2振りの刀を突き刺す。現れたもう1匹の銃火を伏せて避けながら、主刀をその頭部へ投げつける──義式剣術に本来ない剣技。
新手の半数は片付いた。テウヘルたちも多脚戦車が破壊され身のこなしの軽いブレーメンに反撃され統率が取れていない。
ニケはクレーターの穴に戻るとフランを抱え上げた。
「うぅぅ、ボクひとり置いていかれるのかと思いましたぁ」
「全力で走る。舌を噛まないように」
ニケは地面を蹴った。テウヘルからの銃撃はその動きについていけず見当違いな方向を撃っていた。地面に倒れた仲間は目に見えた範囲でも6人。
その死に様を、今は頭から振り払い、闇に紛れるようにして走った。
テウヘルは追ってこなかった。増援を警戒し、怪我人の応急手当のためビルの上に陣取ったがテウヘルが動く気配がまったくなかった。奇襲にはやや驚いたが、あの様子だと攻撃部隊からはぐれた小隊だったのかもしれない。
ニケは人数を数え直し、ふたたびシィナを先頭に夜の廃墟の街を歩き出した。負傷者がいるせいで歩みは遅かった。ニケの背中ではフランがすぅすぅと寝息を立てている。
目的のカーパイヤの村落へ着いた頃にはすでに東の地平線から太陽が登ろうとしていた。歩哨の兵士に案内され、村の中央にある文化センターにたどり着いた。この辺りでは唯一の鉄筋コンクリート製でやや高い丘の上に立っている。
隊員たちは疲労困憊のせいで、ガレージに到達するやいなや崩れるようにして倒れた。シィナも、疲れた顔の強化兵に呆れつつも自身の水筒から水を分けてあげている。隊列の最後がニケでがらがらと鉄製のシャッターを下ろした。
「青1、2、体調は?」
しかし返事はなく、うんうんとうなずくだけだった。訓練では重装備のまま走り回っていた2人だが、今回ばかりは疲れが溜まっているようだった。ニケは2人をねぎらうように肩をたたいた。
「一休みしたら建物の奥まで行って食事を取り、休むんだ。取り敢えず今は他のことは考えなくて良い」
「はい、そりゃよかった」
青1&2は一緒に合わせて返事をした。
野生司大尉は文化センターの一階で、どこからか引っ張ってきた机に地図を広げ、湯気の立つお茶を飲んでいた。ニケと目があった途端、にこりと笑ってみせた。
「無事到着して、安心したよ」
「はい、大尉。無傷というわけにはいきませんでした。8名死亡、6名が重傷です」
「それは、うむ。戦争だ。しかたがない」
「それと、ロー監察官は死亡しました。巨大アブラムシに食われて」
野生司大尉は、ニケの言葉が冗談に思えたらしく笑っていた。
「それが、言葉通りなんです。写真はこの写真機の中にあるので情報部に文句を言われたときの証拠にしてください。研究所で回収した研究データはこの巾着袋に。研究所内部は、死者だらけのひどい状況でしたが生存者が1名、フラン・ラン研究員です」
ニケは背中で眠っている子供のようなフランを野生司大尉に見せた。いわずとも、大尉はフランの頭に生えた耳に興味を持ち、つんつんと突いた。
「不思議だ」
「シィナとあまり近づけないでください。かなり険悪な感じなので」
「ああ、わかった。その子はあっちのソファに寝かすといい。それに、君も休息が必要だ」
ニケはフランをソファに寝かせ、毛布をかけてやった。
「そういえば、リンは?」
道中に会った歩兵はラルゴ隊長指揮下のマッチョな兵士だった。狙撃部隊の女の子連中が見当たらない。
「無事だよ。今は偵察にでかけている。君が上々の結果で任務を達成したというのに、こちらは雲行きが怪しい。敵の将校の動きが追えておらず、工兵隊も移動用の車両を確保できていない」
「それは──」
「いや、心配しなくて良い。とりあえず休んでくれ。ワシだって大尉だ。そういう面倒な仕事はワシに任せるんだ」
ぽん、と両肩に野生司大尉の手が置かれた。今はすでに父親の“顔”に戻っていた。ニケは1枚の毛布を借り受けると隣の倉庫の壁にもたれかかって目を閉じた。
頭は冴え瞼の裏には1日半の間に見た死がひとつひとつ順繰りに思い返された。それらを何周か見た後で深い深い眠りに落ちた。