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物語tips:ツノカバ
角の生えたカバ。ただし牙は上顎からのみ生えている。実在するかどうかは分からない動物だが脱力系キャラとして人気。主に日曜日朝のアニメーションや絵本、遊園地のコラボなど多角的に展開している子供にとって人気のコンテンツ。
"ファミリー"がグァルネリウスという沼地に住んでおり、青い体のミラ、ピンクの体のデュオ、緑の体のミッサマなどのキャラクターが登場する。
ホノカが大好きで、その影響でリンも気に入っている。基本は宿舎から出ることのできない自身の小隊の強化兵のためにビデオデッキやテレビを宿舎に設置し、ツノカバを"布教"している。
ふわふわ、もふもふ、焦点の合っていない目、太い2本の角と上顎から生えた長い牙──のぬいぐるみ
「かばー」
リンは、形容しがたい脱力系キャラのツノカバのぬいぐるみを抱えあげて同じポーズをとってみた。ホノカの部屋はこのツノカバ・ファミリーのぬいぐるみやタペストリー、抱きまくらで飾られていた。その影響か、リンも私物のマグカップやポーチなどを買う際はツノカバグッズを選んでいた。
毎週末の朝にツノカバのアニメもある。宿舎じゃ自由にテレビが見られないから、訓練と重なってしまったらホノカちゃんにビデオの録画を頼んでいる。そのおかげで毎週のエピソードを欠かさず見ることができる。野生司大尉にお願いして宿舎にビデオデッキを導入してもらい、自由時間には隊員たちがツノカバもそうだし、他のドラマや映画も見られるようにした。せっかく造られたのだから、もっと人生を楽しまないと。
「ねぇねぇホノカちゃん、先週、ミラくんとデュオくんがいっしょにカボチャを食べてたよね。でねでね、あたしもカボチャのパイを作ってみたいんだけど、どうかな?」
リンの両手にはぼんやりとした表情のぬいぐるみが抱かれている。
「うーん、たぶんママが知ってると思う」
「あとさ、ミサッマちゃんとログハウスで遊ぶじゃない? あれ、何をしてるのかな? あたし、初めて見たんだ」
「うーん、なんだっけ」
ホノカはベッドの上でうつ伏せになっていた。たまにゴロゴロと転がるが大体はツノカバの抱きまくらに顔を埋めて、気の抜けた返事しかしない。
左手にはパル、右手には電話の子機があった。コードレス電話機というなかなか最新式の家電らしく、電波で家の中ならどこからでも通話できる。軍用無線よりずっと小さい。さっきまではパルと電話の子機を忙しそうに見比べていたが、今はパルの着信音もボタンのプッシュ音も静かになった。
「うちあげ まつり だれと いっしょ?」
「あわわ! パルを見たの? というか見えるの?」
「えへへ、あたし、目がいいんだ。ホノカちゃんは勉強のし過ぎで目が悪いんだね。あっ、そうそう、ノリコさんが『ホノカちゃんが、ちゃんと明かりを点けて本を読むか確認してね』だってさ」
「もう分かってるのに。この前の学校の健康診断で視力が落ちてるって注意されたから」
健康診断──軍でもときどきあるやつだ。中隊ごとに行うもので全身検査される。そして半裸で鏡を見ながらキエも同じ体つきなのかな、なんて思ったりもする。家族というより自分のオリジナルというだけだけど、それでも大切な“関係”だし、キエも時間を見つけてはお話しよう、と王宮に呼んでくれる。
「打ち上げ祭りについてはもう知ってるよね?」
「うん。夕食の時の話でしょ」
「子ども、というかうちの学校では、一緒に花火を打ち上げた男女は永遠の恋で結ばれるっていう噂があるの。学校の噂、ってわかる?」
わからない。首を傾げたらホノカちゃんは察したように話してくれた。
「取止めもない噂なの。先輩から後輩へなんとなく受け継がれてる。でもバカみたいよね。『いっしょに打ち上げましょ』って言った時点で下心がバレるのに。恋愛に成功してるから打ち上げられるの。打ち上げたら仲が良くなるじゃない。因果が逆よ」
「つまり、ホノカちゃんは繁殖したい男の子がいるからモールにおでかけしたいってこと」
「そういうところは頭の回転が速い……って、なによ繁殖って。それに友達と花火を見に行くだけだし。限定のスイーツのお店も出てるし」
つい言葉選びを間違えてしまった。普段はニケがそんなふうに言っているせいだった。普段は意識しないけどあたしたちとニケは違う生き物だった。そしてホノカちゃんとも違う生き物だ。
「恋愛って何なんだろうね。あたし、考えたことないや。ホノカちゃんは?」
「わたしは、別に。勉強とか忙しいしそんな浮ついたことなんて考えたことないもん」
ホノカは早口に言い終わると再び枕に顔を埋めた。
「へー。恋愛。うん、おもしろそう。あたしにもできるかな。でも恋をするって何?」
「知らないわよ」枕の中でホノカの声がくぐもって響いた。「その男の子と一緒にいたいとか。男の子なら守ってあげたい女の子とかじゃない?」
ふむふむ。知らない割に具体的な例だなぁ。
ホノカがベッドの上で体を揺らしている。リンは目の前で揺れる小さいおしりを見ながら顎に手を当てて考えを巡らせていた。
シィナはたぶん、ニケに恋をしてる。分かる。遠く離れた故郷からわざわざ会いに来たんだ。キエは、その心中をこっそり教えてくれた。そしてあたしからニケの私生活について会うたびに聞かれる。聞かれるからニケを一日中追いかけて取材して、トイレまで付いて行ってちょっと怒られた。
あたしは──ニケといっしょにいたいけどそんな“関係”になれるのかな。シィナは別としてキエも同じ気持ちを抱いている。好きな人ってシェアしていいのかな。
「ねぇねぇ、例えばさ、女の子がふたりで1人の男の子を好きになったらさ、半分半分でシェアしていいのかな。右半身と左半身、みたいに」
しかしホノカはウンウンと唸るだけだった。大丈夫? とリンはホノカを覗き込んだ。
「やっぱ無理。我慢できない。ねぇ、机の上の薬、取ってくれない?」
「クスリ! ビョーキなの?」
「工業専門学校の不良学生みたいに呼ばないでよ」
リンがフィルムに包まれた白い錠剤を渡し、水差しからコップに水を注いであげた。
「ちょっと楽になった気がする」
「病気なの? 塹壕病とか」
「なにそれ? バカにしてるもしかして? 毎月のアレよ。というかリンちゃんっていつも涼しい顔してるけど、軽いの? うらやましい」
リンがきょとんと首を傾げた。
「え、なんのことだろう。医務室で検査はときどきあるけど特に問題ないよ」
「生理よ生理! いちいちいわせないでよ、もう」
「ないよ、あたし」
「ないって、ないわけないでしょ。というか、もしかして男? ううん、見たことあるけど付いてないのは確かだし」
「うーん、変、かな?」
「変というか、毎月 普通あるものよ」
「毎月! じゃあ1年で13回も!」
「そうだけど」ホノカは体調がマシになったようだが訝しげなままだった。「生理が来ないなら子どもだってできないじゃない」
「できなきゃ、いけない?」
「それは。それは、まだわかんないけどさ。いつかは子どもがほしくなるんじゃない、普通そうじゃないかな。女の役目、的な」
「そーいうのは考えたことない。だってだって、あたしの役目は戦うことだし。ライフル持ってさ、毎日訓練して。たくさんの人を守る……」
ちがう、変だ。そういう役目が大切だと思ってた。そうしなきゃいけないって思ってた。でもニケは、あたしは生きた兵器じゃない、ヒトだって言ってくれた。じゃああたしだってそういう普通な生き方をしていいはず、なのにできない、なのにそれを当たり前だと思ってた。
「……変だね。あたし。普通に生きちゃだめ、なのかな」
普通の女の子は戦いもしないしライフルを目隠しして早く組み立てて喜んだりなんてしない。そう、だからニケはあたしに優しいんだ。そういうのを“哀れみ”って言うんだっけ。
「ああ、ごめんごめん。わたしが言い過ぎた。ごめんって。だから泣かないで」
泣かないで? 泣いてるつもりなんて無いけど。ホノカちゃんが抱きしめてくれた。温かい。友達っていう温かい“関係”。 ホノカちゃんの声がすぐ耳の横で聞こえる。くすぐったいな。
「リンちゃんはいい子よ。いい子。とっても。さ、もう寝よ。寝てすっきりしてさ。また明日」
いつもはあたしが電灯のスイッチを消すのだけど、今日はホノカちゃんが消してくれた。
★おまけ★