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ブレーメンの聖剣 第1章胎動<中>  作者: マグネシウム・リン
15/22

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 ニケはネネの後を追いかけるように、薄暗い王宮の内部の通路を歩いた。ネネは近衛兵と同じ黒のスーツに袖を通しているが、他の女性兵士とは違い袖口に白いフリルをあしらっている。そのせいで暗闇で動く白い影の動きをつい見てしまう。

 この通廊には窓もなくアレンブルグの地下で見たような人工的な灯りがポツンポツンと照らしている。その下を通ったときだけ色彩感覚が戻ってくる。

「キエは、どこにいるんだ?」

「あら、そんなの陛下に会いたいんですの?」

「陛下が呼んでいるって俺を家から転送したのはお前だろうが」

 するとネネはグスっと鼻で笑い小悪魔的な笑みを浮かべた。

「嘘ですの」ネネは眉間にシワを寄せたニケを見て、「ブレーメンだから嘘をつかない、という盲信は捨てたほうがいいですのよ」

「それは、嘘を言ったら斬り殺されても文句を言わない、という但し書き付の心得だ」

「あら、じゃあその2振りの刀で(わらわ)を斬ってみます?」

 ネネの左の手がうねうねと動く。あのオリハルコン製の義手がどんな力を宿しているか判然としない。少なくとも他人を遠くへ転送できるマ法があるのだから戦う能力もそれなりにあるに違いない。

「やめだ。子どもを斬る趣味はない」

「あら、かわいい苦し紛れだこと」

 ネネはクスクスと笑った。

「この刀は大切な人たちを守るためだ。この拳銃も。最近はなにかと物騒だから武器を持っているに越したことはない」

 背中と脇に2振りの刀、そして腰には拳銃を下げていた。近衛兵に預けるかとも思ったが、すれ違う兵士たちは見て見ぬふりをした。それだけネネの力は絶対的なのだろう。

「で、俺をどこへ連れて行くんだ」

「フフ、もう着きましたですの。妾の私室です。小童ならいい話し相手になってくれると思いましたの」

「つまり、暇つぶしのために呼んだのか」

「あら、いけませんでした? 中隊の訓練はお休みだと、調べたのですのよ」

 その徹底ぶりを警戒して、ニケは開けられた私室のドアをくぐれずにいた。するとネネがニケのかかとを蹴飛ばした。

「さっさと入れい。小童(こわっぱ)を食うたりせぬ」

 ブレーメンらしい訛りのある口調だった。

「そうは言っても、この前、俺を食べようとしただろう。文字通り」

「ご心配なく。きちんと、夕飯までには家に送り届けますわ」

 ニケは小柄なネネに腕を引っ張られて私室に入った。

 内装は(よわい)500を超えるネネの趣味とは思えないパステルカラーだった。嫌味なほど大きなシャンデリアやフリルを装ったピンクのカーテン。ベッドは天蓋(てんがい)付きで枕の横にツノカバのぬいぐるみまであった。

 子供らしい内装、と思ったがその反対側はウォルナット材の磨き上げられたテーブルや白磁器の茶器セットが幾何学(きかがく)に則って配置されている。

 この既視感──リサイクルショップだ。個々のモノは上質でもどこかちぐはぐに乱雑に並んでいる。

「この部屋はもともと、コンクリートが打ちっぱなしの空き部屋でしたの」キエがカーテンをめくってみた。窓と思っていたところは、外の景色のように照明が配置されて明るく輝いているだけだった。「最初は簡易的な寝具のみ。妾にとってはそれで良かったですの。しかし過去500年、歴代の(おう)は、あまりに質素だからといろいろ買い与えてくれましたの。いつしか母娘(おやこ)で競うようにこの部屋を飾り付けました」

「その結果が、この……豪華な部屋」

「ええ。どれも(おう)の信頼の証と思い大事にしております」

 さあおかけになって、と勧められたソファに腰掛けた。古いものだがホコリが舞い上がることもなくふわりと体が包まれた。

 ソファのすぐ横には背の高い本棚があった。あのネネがどうやって高いところから本を取り出すのか、判然としなかった。

 子供っぽい(ファンシーな)内装だから漫画でも詰まっているのだろう、と思ったがどれも革表紙の分厚い本や手書きで分類分けされたノート類だった。

「それらは写本の写本ですのよ」

「写本の写本?」

「小童も知っての通り、人類はこの星に入植をしかつての文明も歴史も忘却に務めました。入植直後の出来事も多くは記録されず僅かな情報は王宮の地下の禁書架に収められているのです。侍従長の身分では閲覧だけはできますの。ですから地下で見て読んで記憶した情報をここで書き写していますの。知りたくありません? ブレーメンの歴史」

 ネネは、オリハルコンの義手のある左手をくるくると動かして、高い位置にあった古い革表紙を念動力で浮かし、ソファの前のテーブルに置いた。紙ではなく動物の繊維を織り込んだページに黒いインクでびっしりと手書きの文字が並んでいた。


挿絵(By みてみん)


 その内容は知らない名前に知らない地名、そして知らない単語の羅列だった。現代では意味消失してしまった情報にどれだけの価値があるというのか。さらにいうと歴史なんてものに固執する意味がわからない。過去ばかり見ていては未来へ進めない。過ぎたこと終わってしまったことを後悔するよりも、先にある困難に目を向けるべきだ。

「そう、この最初の部分ですの」

 ネネはニケと密着するようにソファに腰掛け、羊皮紙(ようひし)の最初のページを見せた。かなり稚拙な字体で大きく走り書きがされている。

(ア・メン)

「以前小童は(ア・メン)に出遭ったと言ってましたよね? もう少しお聞かせ願いますか。もしやあなた()不老者?」

 ネネは期待するように口角を上げた。長命で孤独な人生の理解者が欲しいのだろうか。

「わからない。砲撃のあった一瞬の間の出来事だった。だがブレーメンのおとぎ話でも(ア・メン)と対話した勇者の話がいくつかあるが、皆が不老者というわけじゃないだろう。俺だってたぶんそうだ」

「まあ、いいですわ、そのくらい」ネネはごまかすように羊皮紙のページを進めた。「このあたりは、まだ人類の文字を覚えたばかりの頃で、ところどころ子音(しいん)が間違えていますわね、お恥ずかしい。ですが(ア・メン)が語ったことはどれもまちがいなくここに記してあります。宇宙に存在する人類は、最初の7つは(ア・メン)が直接お造りになられた。そしてその7番目の種族はブレーメンなのだ、と。だからこそブレ・ア・メン(神に見初められた種族)という名を賜りました。(ア・メン)の言葉を当初は全然理解できませんでしたの。でも100年、200年と時が過ぎこの星、この大陸で起きたこと学ぶことでそのお言葉を理解できましたの」

「俺は、別にブレーメンの出自に興味はないが」

「フフ、典型的なブレーメンですこと。おかわいい」ニケの嫌味を、ネネはものともしなかった。「歴史を学ばなければ進歩もできませんのよ。もっとも、不可能が無い聡明なブレーメンにとってみれば、歴史の教訓というさもしいことなど気にもとめないのはわかりますけれど」

「他人事だな。ネネだってブレーメンだろ」

「だった、ですわ」ネネは左手の黒い革手袋を取った。青い輝きを放つオリハルコン製の義手が生身の手のように動いた。「裏切りのマ女。500年前のあの戦争で生き残った親類友人皆から(さげす)まれましたわ」

 ちらり──ネネの視線が刺さった。

「すまない、言い過ぎた。傷つけてしまった」

「殊勝なことですね。気にせずとも小童の言葉のひとつふたつでこの妾が傷つくことはありませんのよ。でも──そうですわね。反省したいというのなら一口味見させてくださいまし」

 ネネはおもむろにソファの上で膝立ちになるとニケの首筋めがけて顔を埋めた。しかし尖った犬歯がくらいつく寸前にニケはネネの広いおでこを指で押して制した。

「粗相は“めっ”じゃないのか?」

「皇は貴族院を観覧中ですの。夕方までは戻ってきませんわ。それに言い訳も考えていますのよ。『小童が妾の体を求めたから』といえばなんとでもなります」

「俺はまだ欲情するような歳じゃないって、ブレーメン“だった”お前でもわかるだろう」

「ふふーん、小童め。そう恥ずかしがらんでも婆婆(ばーば)が優しく手ほどきしてやるわい」

 しかしニケは小柄なネネの体をひょいと持ち上げて別の椅子のお行儀良く座らせた。

「歴史といえば──」ニケは適当な話題を探した。「──アレンブルグの地下の秘密研究所、あれはいったい何だったんだ。キエの話じゃ、過去の技術や知識は捨てたはずったのに、あそこにあったのは俺の理解を超えるものばかりだった。まるでネネの術のようだ」

「発展しすぎた科学はマ法と見分けがつかなくなるのですよ」

 回りくどい言い方だった。首を傾げるニケに、ネネはクスッと笑うと、

「アレンブルグだけじゃないですの。反逆(ンブルグ)の名前が付いた都市は他にもあるのです。ソリドンブルグ、アネスンブルグ、あと砂漠に埋もれた都市もいくつか。そういった都市では過去の失われた技術が秘匿されています」

「科学者たちの言っていた回帰(かいき)主義っていうのは? 歴代の皇は回帰主義であり科学者たちは反回帰主義を掲げていた」

「ええ。文明の回帰(リセット)を拒否する集団がいました。移民した人類の3世代目が生まれた頃です。今の貴族たちの祖先は、生身のまま宇宙を漂流しこの星に降り立ったエンジニアたちです。第2世代までは人工環境の居住塔に住み、その次の子たちは外気に適応するよう遺伝子操作された文明の回帰(リセット)の最初の集団です。未だ祖父母父母世代は居住塔で何不自由ない暮らしをする一方で、彼らは石炭を燃やして暖を取り素手で開墾をしなくてはなりませんでしたの。孫やひ孫たちは煤と泥に塗れ旧世代より遥かに短い寿命を迎えます。回帰の名の下、大いなる不自由が彼らに反回帰主義と情報技術の秘匿を促しました」

 ネネは淀みなくすらすらと述べた後に肩をすくめた「と聞いたに過ぎませんの。(わらわ)の生まれる何百年も前の話ですし。歴代の皇に過去の記憶と整合性を保つために語る昔話ですの」

「で、1000年前からヒト同士いがみあっていた、と」

「ええ。表向きは貴族たちも新たな文明の始まりに協力していましたの」

「アレンブルグの科学者が言っていた。過去の知識をサルベージしていると。1000年もかかるものなのか? それだけあったら別の星にだって旅立てそうだが」

「知識、と言いましてもそれらは電子的量子的に保存されていますの」

「あ、ああ」

 ニケの生返事──1つも理解できていなかった。

「文字で書いているわけではなく、機械の中の情報は機械でしか読み取ることができません。その読むための機械を作る技術が失われ、さらにその機械を作る技術や基礎知識さえ失われています。データの保守管理は全自動ですから、あと100年もすれば何かしら読み解けるようになるでしょうが」

「あ、なるほど」

「って、本当に分かっていますの?」

「つまり本の紐が硬く結ばれているせいで読み解けない、と。紐を解く方法が忘れられている」

「ええ、まあ。そういう理解で問題ありませんわ。皇も、過去の知識で連邦(コモンウェルス)が救われた一面もあるため各地で捕らえた科学者を糾弾する気は無いとのことです」

「その知識だが、手榴弾を投げ込んで壊してしまった。良かったのか?」

 つとネネは遠くを見るような目をしたが、

「ええ、陛下も喜ぶことでしょうね」

「キエやネネは、どちらの味方なんだ? 文明の回帰(リセット)と言うのは、表面的だが理解できる。(なが)く人類を存続させるためなんだろ? だがフラン、反回帰主義者の言い分もわかる気がする。文明の永続のため、とは聞こえがいいが確かに最初の世代は犠牲を強いられる。それになんだかもったいない気がするんだ。ヒトの社会に出てきて分かったが、機械や電気や車やどれも便利なものばかりだ。わざわざ便利な社会を捨てるなんて不自然すぎる。それに強化兵を作る技術だってそのうち捨てるんだろ?」

 リンの横顔がふとよぎった。強化兵として生まれたことを気にもとめていない。それだけではなく同じほかの強化兵にも慈愛の目を向けている。戦うための役目を捨てた訳では無いがその短い人生を精一杯生きようとしている。

「ええ、皇はそうおっしゃっていました。戦争が終われば破棄すべき技術です。100年前の年末戦争については?」

「ああ、士官学校で習った。13・26攻勢だ。初めて強化兵が投入された」

「反回帰主義者たちが隠し持っていた有機機械製造技術をコピー兵士製造に転用したものです。徴兵されたヒトと少数のブレーメンの戦士だけでは数が足りませんでしたからね」

「コピー?」

「ええ、コピーですわ。軍の公共広告でも言っているでしょう。『あなたの代わりにコピーの兵士が戦う』と」

「クローン兵士じゃないのか?」

「ええ。極秘情報ですがあなたならまあいいでしょう。知る権利もあると思います」

 ネネは左手の指先をくるくると動かすと、本棚から1冊のノートがふわりと浮かび、ニケの前に降りてきた。そしてひとりでにページが開いた。そこには化学式やら化学物質の配合量などが細かく記されている。

「テウヘルの多脚戦車も強化兵も、どちらも基本的には同じ技術ですの。炯素(けいそ)基体の有機機械」

「半可塑性炯素?」

「ええ。より強力に不安定化したのが多脚戦車の燃料兼人工筋肉。より安定化させたのが強化兵の骨格です。高カロリーな食事が大量に必要な点を除けば、ヒトより強く傷の修復も早いのです」

 確かに思い当たる節がある──リンは小柄な割にかなりの量を食べていた。時にはラードの塊ごと食べていて見ているこっちの気分が悪くなるほどだった。医療用の輸血液だって強化兵と一般兵では別だったしくすんだ赤色だった。

 ネネはマ法でページをめくり、化学の教科書から時系列の書き込まれたページを見せた。

「100年前の第1世代型は炯素の素体のままの肉人形。簡単な指示を聞いたり動いたりできるけどその程度。第2世代型は優秀な兵士の遺伝子をコピーしましたの。しかし個人の欠点が軍団全体の欠点に繋がり、ほどなく廃止されました。さらに改良したのが今の第3世代型の強化兵で20年ほど前から運用されています。市民からさまざまなDNAサンプルを集め、様々な個性を持つ兵士を作りました。互いの欠点を互いの長所で補い合い、ブレーメンの戦士がいなくてもテウヘルに対抗できる軍団が出来上がりました」

「だから繁殖能力がないのか」

「ええ。あくまで体の特徴を炯素基体にコピー(転写)しただけですから。かつての人類ならできたかもしれませんが。まあ、繁殖可能であればテウヘルの反逆と同じ事態が起きかねませんし」

「死を恐れず、個性がないのは?」

「そう教育しているからですの。有機機械といいましても、炭素基体のヒトの構成物質が炯素に置き換わっただけで、思考も自我もヒトとそう変わりません」

「じゃあ、もし戦争が終わったら皆破棄されるのか?」

「そんなことはありません、もちろん。戦後、生き残った兵士たちには市民権が与えられます。臓器に負担がかかる体ゆえ、有機機械の寿命はどんなに長くても50年ほどですがその人生が幸せに満たされるよう、皇は努力するとおっしゃっています」

 リンの寿命もあと40年ほど、ということか。ブレーメンである自分はあと120年ほど生きるだろうがリンはその半分にも満たない。彼女の幸せな人生とは、一体どうすればいいのだろうか。

「ふふん、その顔。女のことを考えているな。皇か? 妾か?」

「リンだ」

 ネネは面白くない、というふてくされた表情で机の上に散らばったノートを念動力で本棚に戻した。

「ブレーメンの過去は、興味が無いと言ってましたね、小童」

 かわりに1冊の革の背表紙の本が置かれる。

「500年前、(わらわ)はかつての皇に誓いましたの。すべての人類の安寧のために働く、と。しかしその約束は時として妾を縛り、全て皇への信頼と理想の実現のために邁進してまいりました。それでも迷いがないといえば嘘になります。その答えを探すためにこうして歴史の記録を遡っているのです。この写本は人類が初めてブレーメンと接触を図ったときの記録です」

「完璧な種族のようだった、か。このまえキエが話してくれた」

「かつての人類は、“第1の人類”と自称していました。どうやら移民を繰り返す中で、自分たちよりも古い文明の痕跡が見つけられなかったからだそうです」

「彼らが第1なら、ブレーメンが第7ということになるのか」

「ええ」ネネはふたたび羊皮紙をめくった。「“壁”と呼ばれる地域を知っていますか」

「戦前までの、ヒトとテウヘルの境界線だ」

「ええ、心理的な境界線、とも言えますわね。この大河に沿ってブレーメンの古い遺跡がありますの。そこで人工同位体が見つかったのです」

「学校で習った──同じ元素で違う性質の物質だったか」

「電気すら無かった文明に、高度文明ですら生成が難しい同位体があった。つまり?」

「つまり、かつては化学が大好き文明だった」

「たわけ。文字や暦すら存在せぬのに、そんなわけがなかろう。ところで小童。ブレーメンの伝承でどれが好きだ?」

「どれと言われても。剣舞のときの、天幕より現れる業魔(ごうま)との戦いとかか」

「では業魔とは?」

「おとぎ話だ。ただの」

 ネネはニヤリと笑って別のページの、その間に挟まれている写真を示した。写真というより胎児のエコー写真のようだった。

「これは?」

「重力センサーアレイが映し出した、軌道上に浮遊する超超硬質鋼(テリチウム合金)

「どういう意味だ?」

「さて妾も知らん。この写真に書いてあるとおりに読んだだけじゃが」

 写本の写本のはずなのに、なぜここに原本が載っているか、問いただすのは止めておいた。

「つまりじゃ、小童。古い古い時代からこの星は夷狄(いてき)の侵略にさらされておった。がその時代ごとの戦士がたびたび撃退していた、ということになるな、うん」

「その事実がおとぎ話の“業魔”として語り継がれていると?」

 こじつけがすぎるし、それにヒトの祖先の侵入を許しているあたりで矛盾している。

「このおとぎ話、神が(わらわ)に語った事、そして考古学的な証拠が一致していますの。とまあ、文明を捨て去るためにそれ以上詳しい調査がされるまま、ヒト対ブレーメンの戦乱が起きてしまいましたけれど。人類は、ブレーメンを平和で平等で素朴な種族だとよく言いますが、実際は戦闘民族ですの。血と力に酔いしれる。欠点は歴史を顧みないこと。人類が入植者ということを忘れ、次第に彼らに迎合し土地を奪われ続け1000年。気づけば残っているのは人類の生存に適さない大陸南部の山岳地域のみです」

「憎いのか、ヒトが」ネネの横顔は野ウサギを狙う狐のようだった。「ブレーメンがこの星の先住民で、ヒトは空からやってきた侵略者。この事実を知ったのは(ア・メン)に力を与えられ侍従長になった後なんだろ?」

「そう、その事実は時として妾を苦しめたのだ。哀れな婆婆(ばーば)を慰めてくれぬか」

 あまい言葉とは裏腹にネネは舌をなめずり回している。鼻の下も伸び切っている。

 ニケは本棚にぎっしりと並ぶ写本を見た。

「話を聞くだけなら、まあ」

「ほほほほん、よき小童じゃの」

 するとネネは手がよく届く低い棚に収められた写本を1つ手に取ると、ちょこんとニケの膝の上に座った。

「じゃあまずはこれからはどうでしょう。ブレーメンの秘めた力とオリハルコンの剣(神から与えられし力)についての考察が書かれていますの。青く光る剣は硬く重い。ゆえに何でも斬ることができます。しかしどうしてかブレーメンが握ったときだけ軽くなります」

 言われてみれば確かにそうだ。どんな力自慢の強化兵でもブレーメンの剣は持ち上げるだけで一苦労だった。単にブレーメンが強靭な生き物だと思っていたが剣自体の重量が変わることに気づかなかった。

 ニケの顎の下でネネのつむじがゆらゆら揺れている。まるで小さい子供が絵本を広げているかのようだった。ネネは齢500歳を越えているが嬉しそうに話す。それだけ話し相手がいなかったのだろうか。いいおもちゃにされたと少し憤ってしまったが、相手の立場になって考えても見れば、老いぬ死なぬ体は孤独という他ない。

「その硬さのせいで、人類の科学者たちは原子のかけらひとつさえ削り出せなかったそうですの。そのせいで科学的な解析が進んでいませんが、科学者たちはいろいろ思考実験をしていますのよ」

 次のページを開いたときだった。ノックもなしに近衛兵の女性兵士がネネの私室に飛び込んできた。

「報告です! じ、侍従長殿?」

 ニケの膝の上に収まっているネネをみて、女性兵士はつい目をそらした。そんないかがわしく見えたのだろうか。

「なんじゃ! 話の腰を折りおって。それにそう顔を赤らめんでもまだ始まって(・・・・)おらぬ」

「しかし侍従長どの。市内で騒乱が起きています」

「そういう兆候があるのは知っておるわい。無知な市民の騒乱なんぞ、そーゆーのは憲兵隊か所轄警察の仕事であろう」

「市内の複数箇所で爆発があったそうで。死傷者多数」

「いつじゃ?」

「6分23秒前です」

 ネネはニケの膝から飛び降りると、ぱたぱたと近衛兵の制服を整えた。

「反政府グループを扇動している連中がいる。聖人という名前だがその首魁(しゅかい)はアレンブルグから逃げ出した実験体だ」

「ぐぬぬ。またしても反回帰主義者どもの尻拭いとは。とはいえ妾らにできることは少ない。陛下を王宮へ移動させ近衛兵のみで警護を。妙に強いやつが現れたらムリに交戦する必要はない。妾みずから断罪しよう」

 その時ニケのパルの着信音が鳴った。2通あってどちらもリンからの通信だった。1通目は住所の文字列は2桁区の繁華街を示していた。そしてもう1通がメッセージだった。

<ホノカチャン マイゴ レンラク モトム>

 ああ、なんてことだこんなときに。

「ネネ、頼みがある。この住所の場所に転送してくれ」

 ネネは一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐニコリと笑った。

物語tips:強化兵

連邦(コモンウェルス)の500万人の軍隊の大半を占める人造兵士。

外見的な特徴は色素が薄いこと。特に目や髪の色素が薄い。また右耳に認識タグがあり、4桁の文字とバーコードの詳細な製造番号が記される。これを取り外すだけで処罰の対象になる。

一般市民はその存在を意識することがなく、一般兵の間ではコピーされた兵士、有識者(ニケや幹部将兵)はクローン兵と思っているが、実際は炯素基体(けいそきたい)有機機械(バイオロイド)である。ドナーの遺伝子を炯素基体(けいそきたい)に転写して製造される。

かつて獣人(テウヘル)との戦力差を埋めるために、旧人類の残された技術を用いて作られた。第1世代は単純な命令しか遂行できず、第2世代は組織の運用に支障をきたした。そのため第3世代からは、広く市民から遺伝子ドナーを募り、「あなたのかわりにコピーの兵士が戦います」という触れ込みで宣伝されている。肉体の製造に1年、訓練と圧縮知育に1年がかかるが、一般兵よりもコストが掛からない。身体能力は、ブレーメンには及ばないものの獣人(テウヘル)に匹敵する。

軍務に忠実かつ死を恐れない兵士だが、あくまで圧縮知育による教育の賜物(たまもの)であり、一般人と同じく感情を抱く。それでも、大隊の兵士の死生観はさっぱりしたものだった。市民権がなく、賃金の支払いもない。書類上は軍の物品扱いのためか脱走する兵士もいる。

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