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ブレーメンの聖剣 第1章胎動<中>  作者: マグネシウム・リン
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物語tips:分離主義(ぶんりしゅぎ)

連邦(コモンウェルス)唯一大陸(タオナム)で中央集権体制をとっている。23の各州には中央からの推薦で州知事が選ばれる。州議会、市議会などは一部民主的な選出があり、連邦法に反しない範囲で独自の立法もできる。

しかし第1、第2、第3師団の政治的な横槍が度々入る上に、オーランド政府の意に沿わない場合は予算が削減される。

そうしたオーランド政府に反感を持つ者たちは一般に分離主義者と呼ばれる。様々な政治結社があるなかで特に武力と資金力と情報網に秀でた組織が“聖人”を自称する団体である。首魁(しゅかい)は、アレンブルグの元実験体ガンマで幹部構成員は東方部族のブレーメン、脱走した強化兵など。一般構成員は武装ギャングや元兵士などで構成されている。

1桁区の貴族たちと利害が一致している州の要人、企業連合たちは連邦法の支配の脱却を密かに願っていた。そのため一見すると両者は利害が一致しているが、聖人にとっては支配層すべてが敵である。

 1週間 コーンランドの基地に缶詰になり追加の任務が来るのではないか、と身構えていたがあっけなくオーランドへ帰還することになった。昼過ぎに基地の面々に見送られてグァルネリウスは離陸し、翌日の朝にはオーランド郊外の駐機場へ着陸できた。久しぶりの大都会の空気を吸い、大気汚染気味な空気でさえ懐かしく思えた。

 フランとアンセンウスは到着早々、情報部の黒塗りの車でどこかへ連れされてしまった。しかし隊員たちはそういう面倒事を気にする素振りは見せなかった。

 グァルネリウスのタラップを降りる兵士へ、野生司大尉が1人ずつ休暇許可証を配っていた。ラルゴ隊長はそれをみて怪訝な顔をした。

「期限が書いてありませんが」

「そこに書いてあるとおりだ。オーランドから出なければそれでいい」

「てっきり次の任地へ行くのかと。南部ではテウヘルの攻勢が激しいと聞いたんですが」

「政治だよ、ラルゴ君。軍務省の高官たちはワシらの成功をよく思わない。第1師団長に至ってはメンツが潰されたとワシに直々に電話を……というのはここだけの話だ。文句を垂れつつもさっそく空中降下部隊を新設したし、第2師団は逆侵攻でテウヘルの兵站を絶とうとしている。第3師団は……よく知らんな、実のところ」

「じゃあ俺たちはオーランドで飼い殺しに?」

「そういうわけでもない。ワシらも補充される隊員の訓練があるだろう。やることは山積みさ」

 ラルゴ隊長は疑問を頭に浮かべたままグァルネリウスから降りた。外出許可証は強化兵たちにも配られ、そしてニケの番が来た。

「すまんが、リン君と先に家に帰っておいてくれないか?」

「大尉は帰らないんですか?」

「帰るさ。だが仕事が残っている。中間管理職というのは面倒なんだ、書類仕事がね。下手に出世しないほうが気楽でいい。老兵からのアドバイスだよ」

 右頬だけが笑う癖──なし。本心で言っている。

 ぞろぞろと兵士たちが巡空艦から降りた。基地の武器管理係の兵士が1人ひとりからライフルと余った弾薬を回収する。銃架が一杯になるとフォークリフトでトラックに載せた。

 号令もなく、癖のようなものでニケが立っている前に“いいこさん部隊”の面々が整列した。出征前に比べ、戦死や重傷で病院送りになったりと数は3分の1になってしまった。痛々しい傷を包帯で覆っているものも多い。

「さて──」何か話すべきだと思ったが、言葉が出てこない。「休暇だ。何をしたい?」

 強化兵にとって上官の質問は必ず答えなければならない問いだった。しかし各々が居心地が悪そうに互いに見合わせた。強化兵の休暇は訓練のために体を休める時間であって余暇(よか)ではない。

「心配しなくても、楽しみますよ」

「酒、賭博、女……しっかし隊長、女ってのは何ですかい?」

 青1&2がおどけながら真面目に答えた。

「お前らなぁ」

「俺に任せとけ」

 横から表れたのはラルゴ隊長だった。その後ろにはむさくるしいムキムキの隊員たちがぞろぞろと歩いている。

「休暇の過ごし方を教えてくれるんですか?」

「ああ。俺とブンはこの街の出身じゃないからどのみち宿舎暮らしだしな。新兵が配属されるまでの間に、親睦の深め方ってのをたっぷり教えてやる」

 ラルゴの上腕二頭筋がムキムキと隆起した。強化兵に負けない腕っぷしだけあって、

ボクシング(拳闘)ですか」

「ああ。良い筋肉があってこそ良い闘志が生まれる。だろ?」

 ラルゴの部下たちが返事をするために吠えた。

「規律も大切にしてくださいね」

「はっははは! さすが“いいこさん部隊”の隊長だ。だがな、ニケ。規律ってのは守ってばっかじゃだめなんだ。ヒトってのは締め付けっぱなしだとどこかでムリが出る。緩める所はしっかり緩められて、締めるときは締められる。それが一端(いっぱし)のヒトってものだ」

 なるほど。

「じゃ、宿舎へ隊員を連れて行ってもらっていいですか」

「ああ、もちろんだ。てめぇら行くぞ。駆け足だ」

 重い足音と砂埃が軍靴で巻き上がり、男たちが3列で駆けていく。遠くではリンが部隊の仲間を連れて宿舎へ歩いていった。

「あとでバス停に行くから先に行ってて、だってさ」シィナが行儀悪くトゥインキーを齧りながら現れた。「“アホ毛”からの伝言」

「リン、か」

「そ。お友達と話すのに忙しいんだってさ」

 それなら邪魔するのも悪いか。基地の前のバスロータリーから2桁区へ向かうバスが出ている。バスターミナルで再び乗り換えて、野生司一家の家の最寄りのバス停まで行く。

「シィナはどうする?」

「私はタクシーで帰る。早くまともな寝床で寝たいから」

 シィナはぐぐっと背伸びをして大きなあくびをした。トゥインキーの包み紙を背嚢(はいのう)のポケットに突っ込むともう一本、新しいのを食べ始めた。

 基地の出入り口で当番の兵士に身分証と外出許可証を見せて外へ出た。 

「じゃ、刀の稽古のときは連絡するから」

 シィナがタクシーのドアを開けながら言った。運転手の迷惑そうな様子もお構いなしに長大な大太刀を助手席から後部座席へ器用に収めてた。

「ああ、またな」

 ニケはタクシーが見えなくなるまで見送り、バス停のベンチに背嚢を置くとドカッと座った。バスの時間まであと20分ある。もしその時間までにリンが来なければ、もうあと1時間も待たなければならない。

 昨日までの砂漠の青空と打って変わって大気汚染気味の黄色い空だった。この基地は3桁区の工場街や発電所の風下になるのでだいたい毎日こんな天気だった。

 戦争はまだまだ続いているけれど、自分に課せられた最初の大仕事が終わった。面倒な部隊指揮も戦死者の死体袋も、アレンブルグの惨状に連邦(コモンウェルス)の暗部も、どれもこれも遠い過去のように思えた。今の自分とは違う自分が遠くにいて、彼が必死でもがいている様子が見える。心がざわつく。「もう終わったことだ」そう言い聞かせた。

 自分の血の海に沈み死んだ先輩の最期のことば「たすけて」──リンとの出会い──野生司大尉のアドバイス「ヒトの“顔”で生きること」──シィナとの再会。

 目を閉じて思いを馳せてみたが、そう悪いことばかりではなかった。普通なら会えないはずの(キエ)に会い、会話をして彼女の抱える想いを知ることができた。ホノカは、彼女の考えることはよくわからないけれど、大事に思ってくれているのはわかっている。コーンランドでも駐屯地でも電話線の工事か何かで自宅にはつながらなかった。自分やリン、野生司大尉の無事を真っ先に伝えたい相手だ。

「えへへ、間に合った?」

 ぴと、とリンが肩を寄せるようにニケの隣に座った。“アホ毛の”というシィナの言葉を思い出した。リンはもともと癖っ毛ではあるけれど前線に出っぱなしで髪の手入れがおろそかだったらしい。

「もうすぐバスが来ると思う」

「ふたりきりって、なんだか久しぶりだね。基地だと仲間に囲まれちゃってなかなか話せないしさ」

「そうだな。青1と2にすぐ茶化(ちゃか)されるし、リンの部下はクスクス笑うし」

「ねー。だからさ、2人きりだと緊張しちゃうね。ね?」

「いや、しないけど」

「えーしてよ」

 リンの赤い左右非対称(アシメ)がパタパタ揺れた。


挿絵(By みてみん)


「リンは休みの間に何かしたいことはあるか? どこかにでかけたり、でっかいバーガーを食べに行ったり」

「うーん、まずキエに会って──」リンが指を折って数えた。「──あたし()遊園地に連れて行ってもらって、ラルゴ隊長に腕相撲で勝って、うーんそれから」

 リンが顔を上げた。丸いクリクリした瞳にニケの姿が写っている。赤みがかった色素の薄い虹彩だった。

「それから?」

「ニケは何がしたいの?」

 したいこと。そういえば考えたことがなかった。かつての先輩にも「お前は楽しみがないのか」と散々言われた。ノリコさんに付き添っていろいろな集会に顔を出してみたが、絵画も陶芸も趣味と言えるほど定着しなかった。

「シィナと剣技の稽古でもするかな。あいつの家、屋上のペントハウスだし、刀を振り回せる」

「え、それはなんかやだな。海は? ね、海を見にいかない?」

 リンが頬を膨らませた。

「休暇中はオーランドから出ちゃいけないから。プールでいいか?」

「うーん、どうしよ」

 ちょうどその時バスが来た。軍のバスで他の駐屯地からの兵士を乗せて2桁区へ向かった。グァルネリウスよりも静かで揺れず、快適だった。ニケは窓側に座っていたが、途中からリンが頭を肩に乗せて寝始めたので身動きが取れなかった。

 2桁区は、清廉さを第一の信条と掲げている。3桁区(ローワークラス)と決別し1桁区(アッパークラス)のような虚勢を貼る。そのはずだった。しかし今の2桁区はどこか(すさ)んでいた。

 商店はシャッターが降りたまま、落書き(グラフティ)が分離主義的な言葉を並べ、回収されなかったゴミを漁りに浮浪者たちが集まっている。傷痍軍人と札を掲げている自称兵士たちが失った手足を見せつつ小銭をせびっていた。

 そう長くオーランドを離れていたわけではないのに雰囲気がまるで変わってしまった。戦況の悪化はもちろん断片的に伝わっていたが、戦争の後方では難民がここオーランドにまで溢れてきている。

 バスが交差点の赤信号で停まった時、目に写ったのは横断幕を掲げる市民たちとそれを遠巻きにじっと見ている巡査たちだった。

「聖人?」

 そこにか書かれている文言は「即時停戦」「減税」「兵役免除」「権威主義の脱却」などなど分離主義者の言うそのままだった。だがはっきりと“聖人”という団体名が書き加えられている。

 聖人──どれもこれもガンマが裏で手引をしているのか? たしか会ったときにそういうことを言っていた。必要な者に必要な物を与える。武器でも情報でも。そして彼らが狙うのは体制の転覆──。

「俺には荷が重いな」

 ニケは、体ごとずっしりともたれかかっているリンの体を元の位置に戻した。少しだけ目を開いた後で再び舟を漕ぎ始めた。

 動き出した大きな鉄球。それを止めようとする市民はテウヘルの側にもいるし連邦(コモンウェルス)にもいる。しかし力は足らず鉄球を止めるに至らないばかりか、分離主義者たちに利用されている。ヒトとはどこまでももろく面倒くさい。

「だから、守らなきゃいけないのかな。リンはどう思う?」 

 リンの頭がずっしりと肩に載った。汗で額に張り付いた髪をかき分けながら、返事を期待しない質問を投げかけてみた。

 バスはまもなくターミナルに到着し、2人はバスを乗り換えた。そこから野生司一家の自宅まで15分とかからない。あらかじめ家に電話をし、ノリコさんに到着の予定時間と野生司大尉が帰るのが明日だということを伝えておいた。最寄りのバス停で降りるとリンはウキウキステップで駆け出した。ニケもバサバサと左右に揺れるリンの背嚢を早足で追いかけた。

「ね、最初はなんて言えばいいんだろう。『ただいま』かな。それとも『救国の勤めを果たしてまいりました』とかかな。ね? ね?」

「言葉の意味を分かって言っているのか? ふつうに「ただいま」でいいと思うけど」

「お土産、あったほうがよかったかな」

「コーンランド基地は酒ぐらいしか名産が無いし」

「じゃあさ、じゃあさ!」

 ニケは狙撃手の機関銃(マシンガントーク)を手を振って止めた。

「自然体でいい。自然で。今ホノカもうちにいるみたいだし。ゆっくり話せばいい」

「うん!」

 家の前の小さな庭を横切って、ニケはドアの横のブザーを押した。ドアノブを引くのはリンだった。

 ドアが開いた瞬間、2人に飛び掛かるように、ホノカが裸足で飛び出してぎゅっと2人を抱きしめた。

「う、ううう、よかった。よかったぁの! 2人が帰ってきてくれて」

「えへへ、ただいま、ホノカちゃん!」

 リンは小さい子をあやすように、ホノカの頭をなでてやった。ニケもその震える肩をポンポンと叩いた。

「あらあら、ホノカったら」ノリコさんもスリッパをパタパタいわせながら来た。「今夜はごちそうね。うちのぼんくら亭主ったら、どこで油を売っているのかしらね。さ、上がって疲れたでしょう?」

 ニケはリンの背嚢も持ってやった。ホノカはリンに肩を抱かれながら顔を真赤にして涙が止まらない。

 やっと平穏な日常に戻ってきた。爆轟も黒煙のニオイもない、その静かさにジンジンと体が熱くなるのを感じた。


★おまけ 200PV記念

挿絵(By みてみん)

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