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ブレーメンの聖剣 第1章胎動<中>  作者: マグネシウム・リン
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 戦闘とはまた違った緊張感が漂っていた。

 コーンランドの基地に帰投して翌日の夕方に食堂でささやかな祝賀会が催された。テーブルをつなぎ合わせ、ぎっしりと料理が並んでいる。(ウァ)(リット)を1匹解体して作られたステーキの山、煮込んだ骨付き肉、赤や青色のプディングがさらに彩り、大鍋いっぱいの豆のスープに蒸かし芋が積み上がっている。

 基地の炊事班全員で1日かけて作った料理で、大食で食いだめをしやすい強化兵たちのために人数に対し3倍の量がある。そしてコーンランドの名物のサボテン(ハリハリ)から作った酒が大瓶で並んでいる。ニケと依存症治療中のラルゴ隊長はソーダだけだが、強化兵たちもそしてシィナも、コップに波なみと酒を注ぎ、野生司大尉の挨拶を待っていた。

「史上空前の作戦だった。どれもこれも、皆の協力があったからこそ成功した。まずは感謝の言葉を言わせてほしい。ありがとう」

 会場の方々から拍手が巻き起こった。野生司大尉は拍手が鳴り終わるのを待ってから再び口を開いた。

「まずは戦場で散っていった仲間たちに黙祷を捧げたい」

 野生司大尉は最敬礼の姿勢を取った。隊員たちもそれに倣った。シィナでさえ死者への敬意と哀悼の意志を理解し、同じ姿勢をとった。壇上の野生司大尉の横には、隊員たちの胸についているのと同じ従軍記章があった。大尉があらかじめ作っておいた根回しの良さには驚いたが、しかし通常は贈呈されない強化兵の分まであった。戦死した隊員たちの従軍記章は、一般兵と強化兵の別け隔てなく壇上に飾られた。

 戦死者18名。さらに隊員の半数は重症を負い病院へ搬送された。損害は決して少ない数字ではなかったが挙げられた戦果は言わずとも皆が分かっていた。

 黙祷が終わり、ラルゴ隊長が壇上に上がった。手に持っているのはグラスではなくビール用のピッチャーで、なみなみとソーダをついでいる。

「えへん。挨拶の大役を賜った羽浦ラルゴ曹長であります」

 そういえば、フルネームを聞くのは初めてだったな。

 頭より太い首にテウヘルとがっぷりよつ(・・・・・・)で取っ組み合いできそうな太い手足、という巨漢の割に人前での挨拶は緊張するらしい。部下のブンは指笛を吹き囃し立てた。

「ああちくしょう。わすれちまった。まあいい、飲め食え! 俺たちがここで楽しく飲み食いすることが散った仲前の手向けになる。乾杯!」

 乾杯──宴会がスタートした。皆が我先にと手持ちの皿を肉やふかし芋で山盛りにする。リンは大量の食材を確保し、そこにトゥインキーも添えた。シィナはさっそく2杯目の酒を注いでいる。青1&2も甲斐甲斐しく包帯を巻いていたり車イスに載っている分隊員のために料理を取り分けていた。

 ニケは人だかりが途絶えた一瞬で、骨付き肉の塊を皿にとりわけ塩を皿の上に盛った。血合いが少ないことを除けば、肉と塩はブレーメンらしい食事といえた。

 ニケは食べる分だけを確保して壁際の椅子に座った。そして酒瓶を片手に剣術の蘊蓄(うんちく)を語るシィナや、山盛りのケーキを持って病室へお見舞いに行こうとするリンとその部下たち、腕相撲で賭けに興じるラルゴ隊長、ブン、青1&2を眺める。

 こういう賑やかな場は、しかし苦手だった。嫌とか避けたいとかそういうのではなく単に経験がないだけだ。かつて軍警察の頃、先輩はよく気遣って声をかけてくれた。そういうときだけパーティーに参加していた。

 野生司大尉は遅れてやってきた基地司令と部屋の隅で何やら話している。和やかな雰囲気だから仕事の話、というわけでもなさそうだった。

 胸につけられた従軍記章が重い。死んだ仲間たちにその意味はあったのだろうかと自問自答せざるをえない。成果と言えば野生司大尉が持っている新型弾頭の設計図、個室に閉じこもり論文を書き続けているフラン、あれ以来一言も言葉を発さないアンセンウス。

 戦争に勝つために、あと一体どれだけのテウヘルを(ほふ)り、仲間の(しかばね)を乗り越えなきゃいけないのか。

 ニケはキッチンの返却台に皿とスプーンを片付けると食堂を出た。

「あれ、ニケ、どこ行くの?」

 ばったりとリンに会ってしまった。その後ろには“かしまし部隊”が控えている。

「ちょっと外の空気を吸いに。酒のニオイは苦手なんだ」

 ふーん、とリンがうなずく。苦手なのは嘘だ。

「じゃあさ、あたしも!」

「いや、みんなと一緒にいてあるんだ。さ、ほら」

 リンは“かしまし部隊”に両腕を引っ張られながら食堂に戻った。

 基地の外は地平線から天井まで満天の星に覆われていた。吐く息が白く曇るほど冷え温度差で肌がじっとりと濡れた。サボテンの真っ黒な陰が亡霊のように点々と砂漠に立っている。

「おや、もうお開きなのかい?」

 野生司大尉が酒の入ったグラスを片手に現れた。

「ああ、大尉。すみません」

「酒のニオイが苦手なのか? 紫煙(しえん)も苦手かい?」

「リンが言ったんですね。特にそういうわけじゃ」

「そうか、ならほれ。飲まないのかい? 基地司令秘蔵の6年ものの酒だ」

サボテン(あれ)の酒ですよね。酒は成人してから、じゃ?」

「ヒトの法律ではね。ブレーメンも強化兵も内臓がワシらよりも強い。飲んでも問題ない」

 耳をすませば会場から盛大な笑い声が聞こえる。ずいぶん盛り上がっていた。ニケはグラスを受け取り一口だけ口にした。

「苦いですね」

「はっはっは、大人の味、だよ」野生司大尉はニケの隣に並んで、「何か悩み事かね? 出征前もこんなことがあったね。部隊指揮について悩んでいるとか」

「もう解消しました。青1も2もよく戦ってくれました。ほかのメンバーも、傷を負いながらもよく走ってくれた」

「じゃあ悩みというのは、“彼”から聞いたことかい? もともとテウヘルはヒトの尖兵でブレーメンを倒すため500年前に作られた人工的な種族である、と。さらに驚きだが、どうやらワシらの先祖は宇宙人だったらしい。どれほどの与太話が含まれているかよく検証しなければならない」

「そう、らしいですね」

 キエから聞いたことと相違なかった。あちら側ではそのままの歴史が伝えられているらしい。

「おや、驚かないのかね? たしかにブレーメンは歴史に興味がないと聞いていたが」

「それが真実であってもなくても、自分は連邦(コモンウェルス)のために戦いますよ」

 人類にどれだけの罪があっても、キエやリン、ホノカを守るために戦うという誓いに変わりはない。

「そうかい?」

 野生司大尉はそれ以上問いただそうとせずに、酒を飲みながら体を震わせた。

「大尉は、このまま戦いを続けますか?」

「もちろん。やつらを一匹残らず殺すまで止まらんよ」

 迷いのない即答だった。

「俺は、この戦いに意味はあるのかと、迷っています」

 ちらり──野生司大尉を見たが酒をちびちびと飲んでいた。

「続けて」

「テウヘル、アンセンウスは新人類と呼んで連邦(コモンウェルス)の一員だともいいました。彼らは理性のない野獣ではなく高度な人格をもつ生き物です。戦争に反対する動きがある、というアンセンウスの言い分は嘘ではないと思っています。だとしたら武器ではなく交渉で戦争を集結できるはずでは? (おう)もきっと、そう言うはずです」

「興味深い意見だ、聡明なブレーメン。どう交渉するつもりだい?」

 “鉄球を止める力”──アンセンウスの言葉が蘇った。

「それは……」

「確かに、テウヘルの側に戦争を望まない声があるかもしれない。しかし大勢ではない。もっといえば、現状連邦(コモンウェルス)が劣勢な状況下で停戦交渉なんて、不利な条件を飲まざるを得なくなる。テウヘルに市民権を認めるのは簡単なようでいて難しい。深い山々に閉じこもるブレーメンとは訳が違う。彼らは2つの社会階級に分かれている。力が強く命令に従順で繁殖力が高く、もう一方は知力と体力に優れている。まるでヒトとブレーメンの弱点を補うような人工生命体だ。100年も経てば連邦(コモンウェルス)の主たる住人はテウヘルに取って代わられるかもしれない。この戦争は権力や領土や権益やそういう戦いじゃない。種と種の存亡をかけた戦いだ。退く訳にはいかない。ブレーメンの君は、どうする?」

「俺は……」

「ニケ君、テウヘルは街を破壊しヒト全てを蹂躙しようとしている。皇に交渉の大役を任せられると思うのかい? 君やリン君が皇と内通しているのは知っている。どういう経緯があったか詮索はせんよ。おかげで潤沢な経費と権限がワシに与えられた。ワシはこの機を逃さない。重要なのは皇の意志ではない。未来永劫、この戦争の火種を消し去ることができるかどうか、なんだ」

 暗闇に浮かぶ野生司大尉の横顔を見た。またあの、右頬だけが笑っている癖だった。

「大尉の目的は何なのです? まさかテウヘルを殺したいただそれだけなのですか?」

「物事は多面的に捉えなければならん。それはただひとつの側面にすぎない」

 野生司大尉は最後の1口の酒を夜空に掲げ、そして死者を弔うように砂漠の乾いた地面へかけた。

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