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物語tips:巡空艦
読み方は<じゅんくうかん>。唯一大陸の名の通り、連邦では船舶技術が発展しなかった。しかしこの惑星特有の鉱石を利用して飛行船が作られてきた。
微電流を流すと浮力を生む鉱石を気嚢に満たし、竜骨に気嚢を固定することで浮力を得ている。コストの掛かる乗り物のため、軍用以外では運用されていない。
10口径(10寸)連装砲を5基10門そろえ、敵地上部隊に対しては有効な攻撃手段である。また大隊規模の揚陸も行える。
速度があまり出ないため多脚戦車の射程に入らないよう高高度を飛行している。楔部隊では野生司大尉のコネで、物資輸送用の小型高速挺を1隻徴収し落下傘部隊が運用できるよう改造した。
兵員輸送車の乗り心地も良かった。弾薬庫を兼ねた座席には薄いゴム板が敷かれているだけだったが、車体がほとんど揺れないおかげで乗り心地は最高に良かった。
そしてンナンの言った通り、静かすぎて気まずい──真正面にいるのはアンセンウスだった。膝の上にロープで巻かれた両手を大人しく置いている。
この兵員輸送車には青1&2とともに4人で乗り込んだ。残りのスペースはできる限り回収した兵士たちの死体が入った黒い袋だった。縛ってあるが車体の小さな揺れに合わせてまるで生きているかのようにぐらぐらと揺れて気味が悪かった。
ニケはルガーの砲手の座席を希望したが、強化兵の中に元戦車乗りがいたのでそちらに席を譲らざるを得なかった。車列の先頭を行くルガーは検問をしようとしたテウヘルの防御陣地をいとも簡単に吹き飛ばし、誰1匹逃すこと無く丹念に機銃掃射をして回った。
敵の車両に乗り込んだ欺瞞作戦で卑怯さを感じた。しかし撤収地点まで安全に移動する方法でこれ以上のものはなかった。普段は軽口ばかりな青1&2も移動が始まったら急にだんまりを決め込んだ。
「逃げられなくて残念だったな」
ニケがアンセンウスに再び会って最初に言った言葉だった。しかし、
「すでに儂は腹を決めておる。逃げようとは思わない」
理解しがたい矜持を述べるだけだった。
「戦争とは、嫌なものだな」
アンセンウスの管楽器のような低い声が鋼鉄製の車内に響いた。真っ黒な死体袋がぐらぐらと揺れる。
「君たちの指揮官。野生司マサシ、といったか。なかなかにおもしろい男だ」
「仲良くなれたようでなりよりだ」
「彼は儂とよく似ている。だが彼の目に映っているのは我々の抹殺。そうだな?」
そうなのか?
「軍人なら誰しもがそう思っている」
「クク、そうではないよ、ブレーメンの子ニケ。軍人にとって殺しとは手段であり義務感で淡々と執り行うべきものだ。そこに異論はないね? だが野生司マサシがテウヘルを殺そうとするのは、憎しみがあるからだ。憎悪だよ、わかるかね?」
「さてな。大尉の胸のうちなんて知ったこっちゃない。そうやって俺たちの中で不信感を増やしたいのか? あいにく、テウヘルを効率よくぶっ殺せる指揮官なら、皆が信じ従う」
しかし──野生司大尉の、オーランドでの政治的な取引や根回しは連邦や出世のためじゃない、単に私怨のためなのか。アンセンウスが嘘を言う必要もないし、もっといえば野生司大尉の戦術への執念深さは以前から見えていた。
「ほぅほぉぅ。まったく戦争というものは。嫌になる」
「あんたは戦争が嫌いなのか」
「当たり前だろう」
「じゃあなぜ侵攻を始めたんだ? この100年間、小競り合いはあったが平穏そのものだったのに」
するとアンセンウスは喉の奥で笑った。
「儂は軍人だがただの一介の役人に過ぎない。開戦を止めることなんでできないのだよ。ブレーメンの子ニケ、慣性の法則は知っているかね」
「ああ、学校で習った」
「よろしい。重い物質を動かすには大きなエネルギーが必要だ。しかし一旦動き始めたら止まるためには同じだけの大きなエネルギーが必要になる。戦争とはそういうものだ。この100年、ヒトとテウヘルの間には大きな紛争は無かった。ゆえに宥和協調の機運も高まっていた」
「なぜ戦争を始めたんだ」
「始めたいと言う意志が偶然にも一致したからだ」
アンセンウスの言葉が曖昧なのは、機密を話したくないという気持ちの表れだろう。
「一般民衆もそれを望んでいた、と?」
「一部はそうであろうな。新人類の社会は労働者階級と知識階級のふたつに分かれておる。が近年は労働者階級の人口増加が著しく職のない犬どもの犯罪が増えてきた。そういった不届き者を戦地に送りすり潰したい、という民意も後押しとなった」
「労働者階級は、民意じゃないのか? 殺されるんだぞ」
「先も言ったが、労働者階級の知能はまさに犬程度だ。調教し作業を学ぶことはできても自ら何かを生み出すということはない。働き、食って、繁殖する。そういう連中だ。痛みは感じるだろうが戦地に行くことをためらうことはない」
「まるで、別の生き物みたいな言い方だな」
「別の生き物さ。見た目が同じと言うだけでな。ヒトとブレーメンのように。あの狭い塹壕で犬どもと生活するのはなかなかに堪える」
そう言われると、腑に落ちるものがあった。
「兵士たちは言うことを聞くのか? 指揮官はあんた1人だろう」
「あの犬どもは単純な力の強さを信奉している。だから儂の命令にも従順だった」
疑問。青1&2も疑問に思ったようで顔を上げた。
「ほう、きちんと言っていなかったね」
するとアンセンウスはおもむろに、縛られた両手を掲げると、巻かれていた太いロープを引きちぎった。
「この野郎!」
青1はすぐに反応して銃を構えた。車内でも三三式ライフルなら十分に取り回せる。青2も立ち上がり銃床で殴ろうとする。
「まあ待て、ヒトの子。そんな弱い力で殴ったところで儂は傷つかんよ。ブレーメンなら別だが」
車内に緊張が走ったが、アンセンウスは尖った口でにこやかに笑った。
「青2、手錠があっただろう? 錯乱した兵士を取り押さえるための」
「いやでもあれはヒト用でサイズが合わなかったはずじゃ」
ニケが顎で指示し、青2はアンセンウスの両手首に手錠をはめた。内径が小さすぎて腕の肉に食い込んでいるがアンセンウスは表情をひとつも変えなかった
「500年前、儂らの先祖がヒトに作られた時、知識層は特に強靭に作られたのだ。なにせブレーメンに対抗しなければならないのだから……おっと、これは君たちの側の連邦では機密だったかな。おもしろい。君たちの機密情報を儂が知っている。カッカッカ!」
ちらり──ニケは青1&2を見た。
「ここで見聞きしたことは口外しないほうがいい」
「何も聞こえませんでしたが?」
青1&2は同時に応えた。
「君たちが信じるかどうかは別だが──」アンセンウスは低い声で緩急をつけて話した。「儂の故郷を含め各地で停戦を求める民衆運動が起きている。学生や上級の知識層たちが、特にね。“ネット”の意見も大半はそうだ」
「ネット?」
「声を上げるものが増えている。対話をすべきでありヒトとの戦争は禍根を残し最悪の結果を招く、と。いわゆる“囚人のジレンマ”というやつだよ。さっきも言った大きな運動エネルギーさ。一部の市民の反戦活動では戦争という巨大な鉄球を止めるだけのエネルギーが足りない。いわば、大きな鉄球が2つの砂の城の間にあり、我々の砂の城からヒトの砂の城へ転がっている。この先に待っているのは、ヒトの砂の城が潰されるかあるいは、より大きな力で鉄球が逆に動くか。軍事戦略論の基礎の基礎だが、君たちの軍部やあの大尉はそれを狙っているのじゃないかね? ──ああ、言わなくていい。どのみち答えないだろう?」
思い当たる節がある。アレンブルグの地下で確保した新型爆弾の改良案。しかし野生司大尉が以前に言っていた。威力は大きいがあまりにも巨大で不安定で、後世にわたり深刻な汚染を残す。まさか軍はそれを使おうとしている?
テウヘル側には停戦を望む動きがある。キエも、かならずしも武力による抗戦を望んではいない。なんとかして戦争を止められないのか。
その時、車体が止まった。目的地に着くにしては早すぎる──と思った途端に爆轟で車体が揺れた。至近弾か。
兵員輸送車の銃眼から外を見ると、北西からルガーを引き連れた機械化部隊が接近していた。大口径の銃撃が車体の表面で弾ける。そして第2波──砲弾が車列のすぐ上を通過し川沿いのビルの表層を吹き飛ばした。
「ほう、コレスポンダーを解除しなかったようだね」
揺れる車内でもアンセンウスは落ち着いていた。
「何?」
「敵味方識別装置だよ。位置情報の取得も兼ねている。幸い、そのおかげで自動照準装置が働かず手動砲撃をしているようだ。砲撃はすべて、犬でも扱えるよう火器管制コンピューターが全てやってくれる。だから2発も続けて外すなど、ふつうはありえないのだから」
テウヘルの歩兵も迫っていた。背中に携行ロケット弾を背負っている。ニケは銃座に上がり応戦しようとした、がアンセンウスに服を掴まれ引きずり下ろされる。それと同時に、大口径の銃弾が銃座の防弾パネルを貫通した。銃弾の給弾ベルトがちぎれてばらばらと銃弾が降ってきた。
「この車両の難点は防弾性能でね。とくに銃座は危険だからそこに就くのはもっとも下級の兵士だと決まっているのだよ」
「ご丁寧にどうも」
ニケは運転席へ回った。
「あとどのぐらいで着く?」
「もう見えています、曹長」運転席の強化兵が答えた。「姿勢を低くしていてください」
盾兼脚部がロケット弾攻撃を防いだらしく、車体は無事だったがぐらぐらと揺れた。
車列は砲撃を浴びながら廃工場の敷地へ入ることができた。薄い外壁を貫通して銃弾が飛び込んでくる。狙われやすい車両から飛び出し、兵士たちは散開した。
「側面を守れ! 擲弾兵は上階へ。ルガーを狙うんだ!」
ニケが大声をあげて指示を出した。
鹵獲したルガーで応戦する。榴弾が空中で炸裂し、破片をまともに食らったテウヘルたちが、ばらばらになって道路の転がった。
ニケも突撃してくるテウヘル歩兵に銃弾を浴びせる。しかし倒しても次から次へと兵員輸送車を盾に敵兵が現れる。
「曹長! マガジンがありますか?」
青2が叫んだ。ニケは弾の入ったマガジンを放り投げ、
「それが最後のひとつだ」
「ありがとうございます!」
ニケはよくよく狙いを定めた。上階を陣取ったリンの狙撃小隊も的確に兵士を仕留める。
爆発──天井から鉄骨が降ってきた。崩れたキャットウォークから強化兵が落下する。
もう敵のルガーが目の前にいた。正面の盾兼脚部は攻撃を受け続けボコボコに変形していたがそれでも進撃を止めない。
まずい。後ろに下がるように指示を出すか。アンセンウスを人質に取っていれば連中も派手な攻撃はできない。たぶん。確証はない。現にアンセンウスの位置が分かる前から砲撃をしてきた。
ライフルの照準器越しにルガーが見える。そしてそのルガーは突如 上空から落ちてきた砲弾でぐしゃりとひしゃげ、間髪入れずに爆散した。
「グァルネリウスだ!」
誰かが叫んだ。壊れた天井から巡空艦の腹下が見えた。小型の高速艦だが、備え付けられた機関砲で地上を逃げ回るテウヘルを狙い、蹴散らした。
にわかに兵士たちの間で歓声が広がった。手に手に銃を掲げ、帰還できる喜びを分かち合った。
グァルネリウスは工場の中庭に着陸すると、負傷者をまず収容し、動けるものは遺体やフラン、アンセンウスを連れて機内に乗り込んだ。
「残念だが、ルガー1両しか吊り下げられないとのことだ」野生司大尉がまるでオモチャをなくした子供のように顔をしかめた。「ニケ君、シィナ君。グァルネリウスが上昇した後、懸下用のフックをルガーに取り付けて、上へジャンプできるかい?」
「当然よ! ヒトと一緒にしないでちょーだい。そんなのお茶の子さいさいなんだから、感謝してよね」
ニケは相変わらず無礼なシィナを小突いた。
両手で抱えるような工業用のフックを、ルガーの車体の前後にある牽引用金具にぐるりと巻き、固定した。そして予備動作なしに垂直に飛び上がりグァルネリウスの格納庫に着地した。
ゆっくりと荷降ろし用のタラップが閉まる。廃墟の町が次第に見えなくなった。ニケは安堵のあまりに手近な座席に腰を下ろしてベルトを締めた。
これで帰れるんだ。




