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ブレーメンの聖剣 第1章胎動<中>  作者: マグネシウム・リン
10/22

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物語tips:青1&青2

ニケの小隊のライフルマンでそれぞれが分隊長を務める強化兵。お調子者だが軍歴の長い優秀な兵士。「銃を撃ちます」とよく言うのが青1、「爆弾投げます」とよく言うのが青2。顔はよく似ているが双子というわけではない。

普段は飄々とした言動でニケの眉間にしわが寄る。ニケは色素の薄い青い髪をしているため「青1」「青2」というあだ名を付けた。

ラーヤタイの戦いからの帰還兵で以前よりニケを知っていた。そのため「制裁パンチの軍曹」の噂話の発信源はこの2人。軽々しい言動が多いがニケの実力を認め信頼している。青1と青2は頼りない見た目だが戦闘力は高く、とくに室内での近接射撃は2人で連携の取れた戦闘を行うので侮れない。

「──それでね、あたしはぐっと堪えたの、どうしてだかわかる」

「いや」

 ニケは言葉を短めに、スープを一口飲み込んだ。手すきの兵士が道中見つけた缶詰でスープを作ってくれた。ブレーメンの味覚に合わせて脂身が少なめかつ塩気の多い特別製のスープが渡された。具は塩漬けの缶詰肉とふやかした(・・・・・)穀物だった。

 温かな朝食のおかげで部隊の隊員たちも表情が和らいだようだった。

「あたしのライフル、じゃーん、ほら! チョー高い12倍率の照準器。これで覗いたら手で届くみたいに近くに見えちゃうの。で、あたしのスゲー腕前の狙撃術ならテウヘルの頭を弾けさせるなんてワケないんだよ。でもね、ぐっと堪えたの。撃たなかった」

 リンは相変わらず元気だった。しかも妙な話し方まで身につけている。ニケが昨日の早朝に眠りにつき昼過ぎに目を覚ますとリンの偵察小隊が帰ってきていた。さらに一晩が明け、リンは100%に回復していた。

「殺さずに捕らえるのが今回の目標だから」

「そう、そうなの。だからね。ワンワンの将校の居場所を地図に書いて誰にもバレないように帰還したの。すごいでしょ」

「ああ、すごいな」

 リンは期待をするように目をぱちぱちさせたが、ニケはそれに構わず空いた食器を持って立ち上がった。

「早く食べるんだ。そろそろ野生司大尉のブリーフィングだから」

「もう、ケチっ」

 リンはがつがつとスプーンで脂身肉を齧り、それらを遠くから見ていた部下の“かしまし部隊”はくすくすと笑っていた。


挿絵(By みてみん)


 ブリーフィングは文化センターの事務所で行われた。机をくっつけて地図を広げた。リンの筆跡とわかる赤い文字が書き加えられている。

 野生司大尉は集まった小隊長たちをぐるりと見渡し、口を開いた。

「リン君たちが集めた情報にピンと来た。昨日丸1日、追跡してもらったテウヘルは連絡将校。まさにワシと同じ中央の使いっぱしりというわけだ。いわば中間管理職さ」

 野生司大尉は1人で笑っていたが、他に誰一人笑わず次の言葉を待っていた。

「──と冗談はそれくらいにしておいて。国道212号線の盛り土に沿ってコンクリートで補強された地下壕と塹壕線がある。ここへ奇襲をしかけ、敵将校と敵軍の情報を奪取する。これが詳細な塹壕の図だ」

 国道はまっすぐに北東方向に伸び、その堤を掘り下げて野戦砲が設置してあった。その背後にはジグザグに塹壕が掘られ、迫撃砲の陣地やコンクリートで蓋をした掩蔽壕もある。通常の戦略では、損耗のある中隊でこれを攻め落とすには、やや戦力不足に思えた。

「予想される敵部隊は大隊規模だ。攻撃の本隊はニケ君、シィナ君に任せる。ワシは側面から擲弾兵と迫撃砲部隊を率いて攻撃を引き付ける。なに、テウヘルを皆殺しにする必要はない。敵司令部の場所をきちんと頭に入れておくことだ」

 シィナが不遜な笑みを浮かべた。まだまだ戦い足りないというふうだった。

「大尉、敵将校との意思疎通については、なにか策がありますか?」

 ニシはマナー通り挙手をして発言をした。

 キエが言っていたことが思い出された。人類が他の星から来た時、ブレーメンは人類の言語をたちどころに理解したらしい。そんな能力があるというのが本当ならテウヘルの言葉の節々から会話ができるはずだが、確証はない。

「いや、ない。だが銃口で背中を押せばたとえ犬でも理解出来よう」

 一般兵や強化兵たちがけらけらと笑った。

「となると、身動きが取りやすいよう少数の方がいいか」ニケは後ろへ振り返って“いいこさん部隊”の隊員たちを見た。「まだ元気で足が速く戦いに強いのは?」

 するとすかさず青1と青2が手を上げ、のこりのメンバーもおろおろと手を上げた。

「俺はあの2人を連れていきます。ふたりとも優秀な兵士です。他の隊員は怪我と心身への疲労が顕著ですので休ませて次に備えます」

 野生司大尉も納得したようにうなずいた。

「一方で、ンナン特務軍曹から工兵隊の作戦について提案があるそうだ」

 するとンナンが大尉に変わってえへん、と咳払いした。神経質そうな小さい目が丸メガネの奥で光っている。

「敵の多脚戦車(ルガー)を奪取します」

「お前、本気で言っているのか」

 ラルゴが横からちゃちゃを入れた。

「自分は! 本気です。マジのマジですよ。この目でテウヘルの持つ技術を見たいと思っていました」

「お前ぇの趣味じゃねーか」

「ご、合理的な判断ですから。地図を見てください。ここスクラップヤードにルガーが集められています。たぶん、整備や修理、燃料の補給と思われます。兵員輸送用の多脚戦車もあるので安全に戦域を離脱することができます」

「で動かせるのか?」

「ええ」

 ンナンは胸を張ったが他のメンバーは怪訝な顔をしていた。

「さて、部隊を分ける」野生司大尉が手を叩いた。「“ミラ隊”はニケ君が指揮をし、将校と情報の確保、“デュオ隊”はワシが指揮をし敵陣地を陽動攻撃。“ミッサマ隊”はラルゴ隊長指揮で工兵隊と協働で脱出用ルガーの確保を行う。リン君の小隊とその他の兵士はこの文化センターを守るように。うまくことが運べば明日の朝には帰投できるはずだ。みな、あと一息だ。がんばってくれ」

 各々が了解、と口々に言って解散となった。

 朝日が登ると気温はグンと高くなった。テウヘルに見つからないよう、廃墟の影にそって進む。このあたりは比較的屋根と壁が残っており、大規模なテウヘルの群れが野営した残骸が残っている。ときおり足を止めては敵の追撃や待ち伏せを警戒する。

 先頭を行くのは青1に任せその後ろをシィナ、青2、ニケの順で歩いた。敵陣地まではあと少し。時計を確認したら野生司大尉と合わせた攻撃時間まではまだ時間がある。不要な荷物は橋頭堡(きょうとうほ)に置いてきたので初日の作戦行動よりは幾分か動きやすかった。

「あーん、あたしさみしいよー」青2が冗談のついでにリンの声音を真似て喋った。「モテモテっすね。さすが制裁パンチの軍曹」

「まだその話を擦ってるのか。いい加減飽きたらどうだ」

「いやはや、リン小隊長との別れ際の言葉がぐっと心に来たんですよ。お涙頂戴、涙なくしては語れれぬ、心にグッとくる場面でした。ねぇ、シィナ少尉殿」

 話を振られたシィナは片目だけでチラリと青2を見たがすぐプイッとツインテールを振って視線をそらした。

「いやーやっぱりシィナ少尉殿はご機嫌斜めのようで。ほら隊長、やっぱり別れ際のハグが原因っすよ。リン小隊長と熱い抱擁を交わしたせいで、少尉殿に嫌われちゃいましたね」

「どうしてそうなる。たかが抱きついただけだろう」

「たかが! ほっほぅ、モテモテ隊長、さすがっす」

「ヒト同士ならいろいろ意味があるのを知っているが、ああいう文化はブレーメンにはない。だからなんとも思わない。だろ、シィナ?」

「私、知らない」

 完全に拗ねている。戦いで鬱憤を晴らすまでまともに口をきいてもらえそうにない。その様子を見て青2はケラケラと笑っていた。

 先頭を歩く青1がハンドサインで後続に合図し、おしゃべりはそこで止めになった。

 市街地を割くように幹線道路が伸びている。盛り土の上に有刺鉄線が敷かれその向こうは、偵察情報通りなら砲撃陣地だ。

「俺なら、あの斜面に地雷を仕掛ける」

「意見具申ですが、ここは主戦場から遠く離れています」青1が双眼鏡を覗いたまま言った。「あと連中は犬並みの知能ですから、敵の来ない陣地に地雷を放置したままとも思えません。誤って地雷を踏みぬく兵士もいるでしょうし。風化してますが土を掘り返したところがあります」

「ふむ、そうだな。良い判断だ青1」

「でも、先頭を歩くのは勘弁を」

 口だけは達者なようだった。

「じゃあ、あそこの斜面から登ろう。水が流れて地面がむき出しになっている」

 そこで意見が一致し行動開始となった。

 斜面の石を蹴落とさないようニケを先頭に斜面を登る。そして幹線道路越しに敵陣地を上から見下ろした。

 鋭角的に地面が掘り返され、半ば恒久的な陣地が形成されていた。テウヘルの歩兵の数は予想していたよりも少なく、暇そうな兵士たちがだらだらと歩いたり日当たりの良い草地の上で昼寝をしている。半地下の陣地からアリのように兵士が出たり入ったりしている。

「いちばん強度がある掩蔽壕はこことあそこ、2箇所だ。どちらも内部空間が広そうだ。指令所にはうってつけ。シィナ、遠い方の指令所の制圧、1人で任せてもいいよな」

「もちろん」

 一瞬だけシィナの瞳が黄色に光った。

「青1、青2はここの塹壕内を進め。上は俺がカバーする」

「了解です」

 青1&2は同時にうなずいた。2人はライフルにサプレッサーをとりつけ閉所での使いやすさを増した。

 陽動部隊の攻撃開始時間はもう過ぎていたが合図はなかった。部隊配置が遅れているのか?

「俺たちがいて、残念でしたねシィナ少尉」

 青1&2のどちらかが冗談めかして言った。

「俺たちニケ隊長がシィナ少尉とリン伍長のどちらを選ぶか賭けてるんですよ」

 青1&2のどちらかが声を押し殺して笑う。

「ヒィーヤ。馬鹿らしい」

 シィナもブレーメンの罵倒語で下品に応酬した。

「アホなこと言ってないで集中しろ」ニケは視線を戦域に向けたまま言った。「どちらも大切な仲間だ。どちらか1つなんて選べるわけがないだろ」

 ふと野生司大尉の出征前の言葉が蘇ってきた。指揮官として、作戦成功のために犠牲を選ばなければならない。

 あれは単に例え話だ。指揮官としての心構えの。毎度戦場で部下の死を選ばなければならない情況なんて起きるはずがない。ブレーメンの強さを持って指揮官になったのだ。誰か1人を選ぶなんて、認められるはずがない。

 するとにわかに空高く軌道を描く砲弾が見えた。迫撃砲の榴弾が塹壕に直撃し、テウヘルの巨体が天高くに舞い上がる。続いて効力射(こうりょくしゃ)が到来し、機関銃の台座や迫撃砲の陣地が吹き飛んだ。

「突撃!」

 ニケが指示を出し4人は一気に斜面を駆け下りた。

 アリの巣、というよりハチの巣を叩いたようにわらわらとテウヘルが這い出てくる。電波塔とスピーカーの山はロケット弾攻撃で早々に破壊され倒壊した。

 シィナは塹壕を右に進み、ニケと青1&2は左に進んだ。

 青1&2は、さっきの下品な会話とは打って変わって、まるで2人で1つの生き物のように閉所での近接戦闘をやってのけた。互いに死角をカバーし、テウヘルが現れても冷静にバイタルポイントに弾丸を撃ち込む。

 さすが歴戦の強化兵──訓練でもその一端を見てはいたが、実戦でこうも戦えると頼もしいほかなかった。

 ニケは塹壕の上を土を蹴って進んだ。

 正面に現れたテウヘルに銃弾を浴びせ倒す。機関銃の台座に手榴弾を投げ込み更に進む。背後は気にしない。数で負けているのだからとにかく前へ進み、混乱に乗じて機先を制する戦いだった。

 青1が梱包爆弾を掩蔽壕の内部に投げた。途端に爆発が起き、コンクリート製の天井が真上に吹き飛んだ。

「隊長! ライフルを貸してください」

 ライフルの装填に不具合があるらしい。ライフルを青2に投げて渡してやった。ニケは主刀を抜き、拳銃を左手に構えた。そして正面──

「めずらしい。装甲歩兵か」

 鋼鉄の装甲服を着たテウヘルが機関砲を持ってこちらと対峙している。2重に重ねた鉄板で大抵の銃弾は通さない。ひときわ大柄なテウヘルが重厚な装備を身にまとい、手に持つ機関砲も多脚戦車(ルガー)が装備するような大口径機関砲だった。まさに歩く戦車。

 装甲歩兵の機関砲が火を吹いた。その強大な反動を両手足だけで保持する。弾丸は線ではなく面で到来し、枯れ木を一瞬にして木端微塵に変えた。

 ニケは──その火線を地面を滑って回避した。瞬時に肉薄すると右手の主刀で腕/機関砲をまとめて斬り、ヘルメットの隙間から拳銃の銃口を差し込んだ。そこから弾丸を食らわせてとどめを刺した。

「あっけない」

 ニケが軽く刀の柄を握ると体についた緑色の返り血は霧散した。


挿絵(By みてみん)


 地下指令所の入り口はボロ布で隠してあった。その向こうは電気が無いのか消したのかわからないが、真っ暗だった。それ以上のテウヘルの反撃が無いのを見るに、野生司大尉の陽動が成功したらしかった。

「隊長、ありがとうございます」

 青2はライフルをニケに返した。

「爆弾、投げます」

 青2が手榴弾を構える。青1は斜めから銃を構え、穴の奥を睨む。

 投擲、そして数秒後に空気がめくれ上がったかのように、爆風が地下の穴から吹き出してきた。

 変化──なし。

「あれ? もう誰もいないのか」

 青2は入り口のボロ布を銃の先でゆっくりと持ち上げた──途端に緑の鮮血をだらだらに垂らしたテウヘルが飛び出してきた。

「うぅわっ!」

 青2は尻餅をついた。テウヘルは手に無骨な(マチェット)を持ち青2へ斬りかかる。青2は抵抗して押し返そうとするがテウヘルの巨体はびくともしない。青1も誤射を気にして撃てない。

 一閃。

 ニケが刀を抜いた。抜刀術は義式の専門ではないが、テウヘルの肩から上がきれいにばっさりと落ちた。そして顔をしかめた青2へ緑の鮮血が降り注ぐ。

「ぺ、ぺっぺ。隊長みたいに返り血が消えない」

「あれはブレーメンだけの特技だから。お前はあとで着替えろ」

「ええ、ええ、言われなくたってそうしますよ」

 青2はひどいニオイだった。青1も顔をしかめて笑っていた。

「その剣、もしやブレーメンか」

 穴の中から低い管楽器のような声が響いた。3人は各々の武器を構える。

「降参だ。撃たないでくれよ」

 穴の中から現れたのは──テウヘルだった。しかし簡易な弾帯(チェストリグ)を着た歩兵とは違い、詰め襟の制服を着た、どこからどうみてもわかる将校だった。赤い瞳や犬のような顔、黒々とした体毛はテウヘルそのものだったが、毛のところどころに白毛が混じっている。歳をくっている、ということのようだ。

「チクショウ、喋るブレーメンを初めて見たぜ」

 さすがの青1も慌てていた。テウヘルの将校は尖った口と細長い舌で器用に話している。

「ヒトの子よ。そう恥じることはない。無知とは恥ではい。知ろうとしないことが恥なのだから」

 3人とも怪訝な顔を浮かべた。連邦(コモンウェルス)の共通語と同じ言葉だったが妙な訛りがあった。キエやネネの言っていたことを思い出したが、テウヘルはもともと人類の尖兵として戦っていたのだから言葉も共通であるはずだった。

「テウヘルはみなそういうわかりにくい言葉を遣うのか?」

「わかりにくい? はっはっは。(ワシ)は文系なのでね」

 ニケは青1&2を見比べ、血みどろではない青1に捕虜の身体検査をさせた。

「武器は持っておらん。降伏するといっただろう」

 身体検査の方法は訓練で習ったが、それはヒト用で、青1は丹念に捕虜の服を叩いて確認した。

「隊長、写真が一枚、出てきました」

 3人の家族が写っている。どれも犬顔で判別しづらいが、椅子に座っている婦人の肩に手を載せているのが捕虜の彼だろう。

「儂の家族だ」

「息子?」

「娘だ。まあ、わからないのも無理はない。儂から見れば毛のないヒトもどれも同じに見える。まるで皮膚病を患っているようで気味が悪い」

 テウヘルの将校は喉の奥でクックックと笑った。

「儂の娘は、来年は大学へ進む。勉強だけが取り柄でね。彼氏ができないのは父親としては嬉しくもあり、悲しくもある。わかるかね?」

「いや」写真に目を落とすと、一瞬だけホノカと大尉と重なって見えた。「家族が待っているあんたに同情して、逃がせ、と?」

「同情? まさか。儂は軍人だ。出征前はにすでに腹を決めておったし、負けが決まればそれを素直に認めるのもまた、軍人だ──おお、これはこれは、僥倖(ぎょうこう)。ブレーメンが2人もいる」

 シィナが合流した。彼女の不満げな様子を見るにあまり戦果を挙げられなかったようだ。

「写真は武器じゃない。これは返そう。青1、こいつの手足を縛るんだ」

「逃げやしないさ、ブレーメンの子よ」

 すると背後の穴の中から火の手が上がった。燃料が燃えたような黒煙が立ち込める。捕虜はいまだ鷹揚だった。

「あんた、機密文書を燃やしたな!」

「機密かどうか、はてどうだろう。犬どもの給餌表だけかもしれぬ。負けは認めたが情報は話さん。死ぬまで儂は軍人だ」

 あまり言い争っている時間もなかった。黒煙をみて増援が来るかもしれない。ニケが捕虜を誘導し、もと来た道を戻った。先頭はシィナでテウヘルを見つけると積極的に斬り倒していった。

「なあ、あんた、あれは兵員輸送車、だろう? どうやって動かす?」

 陣地の真ん中に多脚戦車があった。ルガーよりも胴体部分が長く盾兼脚部も6本あった。武装は機関銃だけだが、重武装の兵士を10人は運べそうだった。

「さっきも言ったとおりだ、ブレーメンの子よ。儂は軍人、“将軍たち”は嫌いだが同胞や志を裏切るようなことだけはせん。しかし、驚きだ。聡明なブレーメンがそのような質問をするとは。あれは犬でも動かせる乗り物だ。聡明なブレーメンなら言わずとも容易いだろう」

 それ以上問いただしても(らち)が明かなかった。半ば無理やり幹線道路の盛り土を乗り越えると、大尉の部隊へ信号を送るため赤色の信号弾を打ち上げた。

 帰り道は全員が無言だった。先頭は青1に任せた。シィナは全身に緑の鮮血を浴びた青2のニオイに辟易(へきえき)としていた。そしてニケのすぐ前を歩く捕虜は妙な鼻歌を歌いまるで遠足でも行くかのような足取りで、手を煩わされなかった。

 まだ日が空高く登っている。文化センターに着くと、捕虜を縛ったまま空っぽの倉庫のイスに座らせた。換気用の小窓はあるがテウヘルの巨体では通れない。それでもドアには簡易的な南京錠しかかからないのでニケが同じ暗い倉庫内で監視を続けた。野生司大尉の部隊が帰ってくるまでにまだ時間がある。

不躾(ぶしつけ)な質問で申し訳ないが──」

 不躾? そんな言葉、初めて聞いた。

「──君の名は、何かねブレーメンの子。儂はアンセンウス。臨時統制局に務める上三官だ。出張ばかりの管理職さ」

 ニケは答えようか一瞬だけためらったが、

「ニケだ。ニケ・義・サトー。歩兵隊の曹長」

「これは僥倖。死ぬ前にブレーメンに会えて光栄だ。できることなら友人として、ヒトに迫害される者同士、手を取り合いたかった」

「そんなに歓迎ムードだと調子が狂う。かつてブレーメンの剣士は数千数万のテウヘルを斬ってきた。恨みはないのか?」

「儂の親戚に戦死したものはおらんよ。それにその斬られた兵士というのも労働階級で知能が犬並の連中のことだろう。たしかに痛ましくは思うが、だからといって君の種族全員を恨むということはないのだよ」

 アンセンウスは落ち着き論理的に言葉を紡いだ。

「儂の街はブレーメンの遺構の上に立てられている。知っているかい、ブレーメンの子ニケよ。かつて我らが先祖と君たちの先祖は戦い──」

「ああ、知ってる」

「ふむ。なら話は早い。荘厳な石造りのブレーメンの建築は数千年の時が経ようともまだその形を保っている。儂はそれを見、当たり前だと思い育ったが、ブレーメンの生き様の記録に触れるたびに心が動かされる思いだった。ブレーメンの言う神という存在もだ。おもしろい。人類の系譜の上にあるヒトもテウヘル(我々)も、宗教という概念がない。故にブレーメンに興味が湧いた」

「じゃあそれで軍に? ブレーメンに会えるかもしれない」

「いやいや、会った途端斬られてしまうだろう。軍に入ったのはそれが儂にできる一番まじめそうな仕事だったからだよ。ブレーメンはいったいどれほどの数が従軍しているのかね」

「機密事項だ」

 そもそも知らない。200か300といったところだろう。

「もっともらしい答えだ。驚きもしない」

「俺からも質問だ。さっき言っていた『将軍たち』というのは? それに臨時統制局という言葉も聞き慣れない」

 しかしアンセンウスは犬のように横長な口を閉じ、口角だけでにやりと笑っただけだった。

 捕まってもいまだ誇りを失わない軍人。脱出の好機を伺っている? 多勢に無勢、敵地のど真ん中で行き詰まっているのはたしかにこちらの方だ。

 もし野生司大尉が捕虜として捕まったらどういう行動を取るのだろうか。テウヘルは捕虜をとらない。しかし仮に捕虜として連れさられたら──あまり想像をしたくないが、自分たちは必死で取り返そうとする。あるいは大尉が処刑されてしまったらノリコさんは心構えができているという感じだったがホノカはたぶん、彼女の中の罪悪感に押しつぶされてしまう。

「じゃあ、あんたの家族についての質問だが」するとピクリ、とアンセンウスの尖った耳が反応した。「娘は父をどう思ってるんだ。例えば、父は危険な仕事に従事するが娘は父に何もしてあげられない。そのせいで娘は自分に罪悪感をいだき塞ぎ込んでしまう、とか」

「そんな娘っ子(むすめっこ)に心あたりがあるのかね?」

「質問を質問で返すな。ただの例えだ」

「ほほぅ、手厳しい。だがなぜ父の儂が娘の気持ちをわかると言うんだね。古今東西、わかり会えぬのは父と娘だと決まっているだろう。年頃の娘なので、儂が理解できるとも娘が儂を理解してくれるとも思ったことはない。普段は反抗期で口も聞いてくれないのに別れ際のあの悲しい顔は忘れれぬよ。ああ、連邦(コモンウェルス)に栄光あれ」

 更に質問を重ねようとニケは身を乗り出したが、代わりに倉庫の入り口のドアが開き、顔を洗ってさっぱりした雰囲気の野生司大尉が代わりに来た。隣に分厚い胸板の強化兵も控えている。

「お疲れ様です、大尉」

「はは、久しぶりの戦闘でついはしゃぎすぎてしまった。心臓がまだ高鳴っている。おっと妻には内緒だよ」

「ええ、承知しています」

「で、彼とはうまく会話できたかね」

連邦(コモンウェルス)の共通語とほぼ同様です。名前はアンセンウス。どこかの役所に勤務する将校とのことです」

「すばらしい。しかし君には別の仕事を頼まなければならない」

 屈強な強化兵を残し、ニケと野生司大尉は倉庫の外に出た。

「伝令が来てね。ルガーの確保に時間がかかりすぎているとのことだ。それにスクラップヤード周辺に中隊規模の敵兵が集結しつつある」

「だからさっき帰還する時に敵に遭わなかったのですね」

「ま、そこはワシらの運ということにしておこう。出られるかい?」

「動ける隊員を連れていきます」

「あとリン君の小隊も同行させよう。シィナ君はここの拠点を守るために残す。なにせ将校を捕らえたんだ。連中だって取り戻そうと動くかもしれない」

「わかりました。すぐに出発します」

 くるりと踵を返し、装備の保管所で弾薬を補給する。しかし倉庫に入ろうとする野生司大尉を振り返った。

「あの、大尉。尋問ですか?」

「ああ、もちろん。情報部に渡す前にワシ自身で新鮮な情報を確保する」

「拷問、ですか?」

「ははっ、ただのおしゃべりだよ。それに、覚えておくと良い。拷問で得た情報に価値はない。ワシでも、たとえタマを切り取られても何も話さん。あるいは嘘の情報をすでに用意している」

「なるほど。すみません、余計なことを聞きました」

 野生司大尉は小粋にウィンクしてみせた。しかしその右頬だけがニヤリと笑っているのをニケは見逃さなかった。本当にテウヘルとお茶を飲みながらおしゃべりするわけがない。何を聞き出すのだろうか。

 10分もしないうちにニケの小隊とリンの小隊が集まった。全員が強い肉体と精神力を持つ強化兵だが、敵地奥深くで眠れない夜を過ごし疲れた顔をしていた。向精神薬を使い集中力を高めているにしても、血色の悪い顔はそのままだった。

「ここから10町東にあるスクラップヤードへ向かう。敵部隊の後方から奇襲を仕掛ける──」

 手短なブリーフィング。言わずと皆は分かっている。

「──オーランドに帰ったら皆で祝賀会をしよう。好きな食べ物、飲み物、なんでも用意する」

「はいはーい。じゃああたし、トゥインキーを山ほど食べたい!」

 リンが元気よく手を振った。

「そうだな。いいぞ。他の者も帰るまでに考えておいてくれ。あともう一息だ」

 バラバラとした返事が聞こえる。

「怖かねーよな」

「あの制裁パンチの軍曹といっしょだぜ。負けるわけがない」

 青1&2が軽口を言い、他の強化兵たちはケラケラと笑った。

「お前ら2人は皿洗いだからな」

 ニケは2つの小隊を先導して瓦礫の町を走った。ブレーメンの剣に触れれば疲れなんて感じないし感覚も研ぎ澄まされて伏兵にも遠くから気づくことができた。

 3人目の狙撃兵をアパートの屋上で斬り地上に落とすと、部隊からは拍手が起きた。リンはお株を奪われたようで「次のはあたしのだから」と不満げに頬を膨らませた。

 スクラップヤードの周囲はトタン板とプレス処理された廃車が積まれていて中が見えない。周りは水路で囲まれ、汚水が垂れ流しだったが、この障害がいい塩梅に歩兵の突撃を鈍らせていた。出入り口は3方向ありそれぞれの出入り口で機関銃による銃撃が飛び交っていた。テウヘル側は迫撃砲を使用しないのを見るに、ルガーの損失を恐れているらしかった。

「青1、青2。北側から攻め立てろ。無理に突撃する必要はない。リン、南側の敵部隊へ狙撃。排除が完了し次第、北側の残存兵力へ掃討攻撃」

 それぞれの隊員たちが無言でうなずく。

「東側の敵兵力は俺1人で十分だ」ぽん、と刀の柄に手を置いた。「シィナに触発されて、剣術の腕が鈍っていないか確かめたいんだ」

 その東側がおそらく敵主力でもっとも数が多い。誰しもがわかっていることだったが口に出さなかった。

 散開──それぞれの部隊は焼けた廃車やバスの影に隠れながら進んだ。ニケも風のような足取りでためらうこと無く敵部隊に近づいた。

 敵部隊の最後尾のテウヘルに気づかれた。双眼鏡を持ち狙撃用のライフルを構えている。おそらく指揮官クラス。ニケの存在に気づき咆哮をあげようと口を開いた──がすでに下顎が切り落とされていた。ニケは左手で隠し刀を抜きバイタルポイントを素早く3度刺し貫いた。隠し刀を鞘に戻すとすかさずに移動した。

 周囲は砲撃のクレーター跡と途中から上が吹き飛んでいる木々の雑木林だった。その木々の隙間を、ニケは飛ぶように動いた。

 背後からの奇襲はわずかばかりの卑怯さを感じた──しかしこれも戦争。

 ニケの存在に全く気が付かないテウヘル達──1振り2振り3振り──ばたばたと胴体が袈裟斬りにされ倒れる。1匹がニケに気づき機関銃を構えたが遅かった。隠し刀で胸を刺し貫かれ震えながら倒れた。

 まだまだ、ここから。いまのは殿。これからが主力部隊だ。

 ニケの瞳が黄色に光った。右手で主刀、左手は逆手で隠し刀を握る。剣技の4つ目の型。基礎の基礎。

「ひとつ!」 テウヘルの首が飛ぶ。

「ふたつ!」 肩口から内臓に深々と2本の刀を刺す。

「みっつ!」 牙突。心臓を破壊した後に隠し刀で頸を撥ねる。

 バタバタとテウヘルの死体が積み重なり他の攻撃部隊もニケの存在に気づいた。

 きらり、と刀で日光を反射する。テウヘルたちは光に注意が向き、空に向けて銃口を向け、地面を耕すような猛攻を加える──しかしすでにニケの姿はなく、ひとつの機関銃の班の真ん中に着地する──一回転──機関銃の部品とテウヘルの緑色の内臓がバラバラに宙を舞う。

 これでいくつだ? 10か12か。

 さらにテウヘルの犬の頭が天高く吹き飛ぶ。その鋭利な断面から緑の鮮血が吹き出るまでやや時間があった。その間にさらに2匹を倒す。

 全員片付けた。最後の1匹まで戦おうとする点だけは戦士として尊敬できた。

「ニケだ!」精一杯大きい声を張り上げた。「撃つなよ」

 銃を目印に掲げてゆっくりとスクラップヤードに近づく──しかし1発の機関銃弾が足元ではぜた。

「撃ったな? ブンか?」

 じぃっと陣地の中を見た。ラルゴ隊長の部下のブンがコンクリートブロックの間で機関銃を構えている。

「す、すまねぇ、つい指が動いて」

「言い訳はいらない」

「斬らないで……」

 心底怯えているようだった。ばからしい。スクラップヤードの反対側の入口からリンと青1&2の部隊も合流した。歩兵隊には軽傷者はいるものの死者はいなくてほっとした。

「そんなことより、情況は?」

 スクラップヤードにはざっと見ただけで12台の多脚戦車があった。攻撃型のルガーと兵員輸送用がほとんどで、1台だけトラックのような荷台を持つ多脚戦車があった。部品取りで欠品だらけのスクラップのルガーも高く積んであった。

「俺たちがここについた時、もぬけの殻で。でも技術者らしいテウヘルが逃げて敵を呼んぢまったんだ」

「それでこの惨状、か」

 死体が5つ並んでいた。血まみれで動けない重傷の兵士もいる。

「ラルゴは?」

「あそこのルガーを動かそうと。ンナンと」

 比較的無傷そうなルガーのハッチが開いていた。ニケはそこによじ登り中を見た。巨体のテウヘルが扱うだけあって、ヒトの中でもひときわ巨大な筋肉のラルゴでも身動きは楽そうだった。

「おい、いつまでかかっている」

 ラルゴの(げき)が飛ぶ。

「もうすこし。たぶんこれは。いやこのスイッチは通信機で」

 ンナンは車長の座席に座ってあたふたしていた。テレビのような画面が3方向にあった。

「無理なら無理って言え。向こうにバス会社がある。そこのバスのほうがまだ動く可能性が高い」

「ここまできてルガーを諦めろっていうんですか」

「部隊の3分の1がやられてんだぞ、てめぇ!」

 ラルゴがンナンに掴みかかったが、ニケがハッチから手を伸ばして鉄拳パンチを押し留めた。

「喧嘩はまた後で。敵部隊は排除したが、増援が来る可能性はある」

「さすがブレーメンだ」ラルゴはンナンを振りほどくと、「ブンと相談して撤退の算段をつける」

 ラルゴの眉間に青筋が浮かんでいた。窮地に立たされかなり苛立っていた。腕力で負ける気はしないが、あまりラルゴを刺激しようとは思えなかった。

「で、無理なのか」

「できますよ!」

 ンナンの小さい目が丸メガネの奥でキョロキョロと動いた。

 ルガーの内部は、友軍の戦車のそれより広くそれでいて構造はシンプルだった。テレビ画面と数種類のボタンのみ。運転席も座席とレバーのみで変速機(クラッチ)のような構造は見当たらない。たぶん、砲手も似たような作りなんだろうな。

「犬でも動かせる乗り物、か」

「ちょ僕をバカにしてません?」

「してない。敵官の言葉だ」

 ンナンの顔の間近にあるテレビ画面──「テレビじゃないですよ」──フランの言葉が蘇った。アレンブルグの地下にかつての人類の技術が秘匿されていたとすれば、テウヘルもその手の技術を持っている可能性もある。

「その画面に直接触れて操作できるんじゃいのか?」

 ニケは指を動かす仕草をしてやった。旧居住塔でのキエやフランのように。

「これがブラウン管じゃなくて液晶画面で、低硬膜操作方式だってのは僕でもわかるんです。バカにしないでください」ンナンは理解不能な言葉で反論した。「物理ボタンが少ないからそのくらい推測できる。とっくに試した。ほら! 触っても動かない。きっと触覚操作じゃないんだ。このインターフェイスは研究室でやっと成功する技術で、振動や埃に弱い繊細な機械。小型化した上に兵器に応用できるはずがない」

 ンナンの流れ出る言葉に理解が追いつかず、ニケは眉間にシワを寄せた。実際に動かせないのだったら、機械の一部を切り取って持ち帰ることしかできない。

「犬でも、動かせる乗り物……いや“犬だから”動かせると言う意味か」

 ニケはアンセンウスの言葉を反芻(はんすう)した。そしてさっと飛び降りてラルゴとブンの横を走り過ぎ、近くに転がっていたテウヘルの死体たちから5本ばかり腕を切り取ってンナンのもとに帰った。

「テウヘルの将校が言っていた。これは犬の知能でも動かせる、と。だったら犬の指で触れないと動かないんじゃないのか」

 ンナンはぱちんと指を弾いた。潔癖症な彼が緑の血みどろのテウヘルの腕をためらうことなく受け取った。そしてその手で液晶画面に触れた。

 途端にすべてのモニターに電気が通り、モーターのような甲高い音が響いた。

「すごいすごい、どうなっているんだ! おぉこれは! 見てください、テウヘルの指の指紋はどれも同じです! なんとなんと! すごい、画面で指紋を認識できる? 僕の知っている技術より何十年も進んでいます! しかもこれコンピューター統合オペレーションシステム? テウヘルがこんなものまで作れるなんて」

 ンナンは興奮気味で、曇ったメガネをゴシゴシと拭いた。続いてンナンは運転席に移った。テウヘル用の巨大な座席にちょこんと乗り、足元の2つのレバーと左手のスロットルレバーに手をかけた。途端にルガーの車体がぐらぐらと揺れた。

「なるほどなるほど。足レバーで前進後退、転回もするのですね。変速機(クラッチ)操作は無し、平衡維持は自動で処理。ジャイロ? うーん気になる」

「今は理屈より動かせるかどうかだけ教えてくれ」

「動かせますよ! 皆さんにも伝えてください。ほとんど直感的な操作で動かせる。単純であればあるほど高度な技術なのです。すごい!」

 ニケはラルゴとブンにちぎったテウヘルの腕を放り投げてンナンが解明した操作方法を伝えた。

「全員で脱出するには、兵員輸送型が3両あれば足りるだろう。隊員の遺体もここから運び拠点に埋葬する」

 ラルゴの眉間に浮いた青筋もだいぶ平常値に戻っていた。

「ええ、異論はありません」

 ニケはもう2本のテウヘルの腕を青1&2に渡し、強化兵たちを兵員輸送型の多脚戦車に載せた。装甲車両の基本的な設計思想は連邦(コモンウェルス)のものと大差なかった。それでも大柄なテウヘルが乗り込めるサイズなため、重武装の兵士を乗せても窮屈にならなかった。

 ニケはンナンの乗るルガーの潜り込んで砲手の位置についた。座席から見て3方向にモニターがあり、外からの映像が映っていた。

「このボタンを押すと……白と黒に切り替わるのか」

「それは赤外線カメラのようです。隠れている兵士まで丸見えですよ」ンナンが操縦席に座りながら説明した。「ざっと見た感じ、自動照準もあるのですが機能が使いこなせません。たぶん友軍誤射を防ぐ機能のせいかと思います。なので手動で射撃をお願いします。装填は自動、徹甲弾と榴弾がそれぞれ10発残っています」

 モニターの横に連邦(コモンウェルス)の文字の異字体で“発射”と書かれた赤いボタンがあった。

「じゃあ、こっちのトリガーが機関砲か」

 右手のスティックを動かすと、左右のモニターの表示が切り替わる。右のモニターが機関砲の同軸カメラで、左のモニターは砲身の温度や残弾の数が表示されていた。

「かなり進んだ技術だ。身を乗り出して撃たなくて良い」

「ええ。ルガーの配備数が多かったら今頃連邦(コモンウェルス)は負けてましたよ」

 他の兵員輸送型の多脚戦車も準備ができ、ルガーは廃車の壁を突き破って前進した。どんな地形でも4本の盾兼脚部が水平を保ち、車内は揺れなかった。それにモーター音こそするが内燃機のような騒音や振動が無くまるで高級車にでも乗っているようだった。

「静かだな」

「はい。こうも静かだと気まずいですね。そうだ、僕が書いた『テウヘル軍事技術の発達と衰退に関する考察』という論文の話をしましょうか!」

「いや、遠慮しとく」

「じゃ、じゃあ、『民俗学的見地から考察したブレーメンの死生観』という論文は? あなたと同じ部隊になったので図書館で読破したんです」

「結構だ」しかしつっけんどんに突き放すのも気が引けたので。「どうして軍に入ったんだ。ンナンは軍人器質に見えない」

「しかも体育会系でもない。懸垂(けんすい)だって1回もできませんでしたし」

 それゆえの特務軍曹という立ち位置なのだろう。

「じゃあなぜ? 確か大学の学費のためだったか」

「研究費のため。それももちろんあります。2年以上の従軍と推薦状があれば大学院まで学費が免除になります」

「たかが金のために軍隊に?」

 命をかけるほどの価値があるのか。

「それもそうですけど、こうしてテウヘルの先進技術に触れたいというのが第一です。軍属であれば民間では閲覧できない機密にもアクセスできます。このためだけに、空中から飛び降りる苦行に耐えてきたんです」

 ンナンは頬を高潮させたまま普段よりも饒舌だった。フランといい、研究者というのは目的のための行動に躊躇がないらしい。

 目的地の文化センターが見えてきた。砲撃用の照準カメラは拡大もできるらしく、おもしろ半分で拡大と縮小を繰り返してみた。

「拠点で火の手が上がってる」

 さらに映像を確認した。ルガーらしきシルエットが1つ、兵員輸送型が2つ、テウヘルの歩兵部隊、そしてブレーメンの青い大太刀の輝きも見えた。

「攻撃を受けている!」

「後ろから吹き飛ばしてやりましょう。僕らならできるはずです」

「反撃されて火達磨になるのだけはゴメンだぞ」

 左側のモニターの『徹甲弾』の表示を指先で触れると、背後で油圧システムの音がして砲身に自動で砲弾が装填された。照準カメラを覗くと彼我の距離まで表示されていた。

「一旦停止してくれ。揺れで狙いが定まらない」

「了解」

 車体が停止した。小川の中に隠れているルガーが見える。砲撃術は未履修だがこの距離なら、2ノッチ上を狙えば当たるか。

「撃つぞ!」

 赤い射撃ボタンを押した。車内がぶるぶると震え、轟音のせいでキーンという耳鳴り音で頭が痛い。

「ダメだ! くそ、アイツ動きやがった。盾に着弾した」

 自分の声も十分に聞こえない。ンナンは気を利かせて廃墟の影に車体を移動させた。そのあいだに左のモニターを指で触り次の徹甲弾を装填した。

 右のモニター──機関砲の照準カメラからテウヘルの歩兵部隊が見えた。こちらを味方だと思っているらしく堂々と目の前を横切っている。

 ためらうことはない──卑怯だが。

 ニケは機関砲の射撃トリガーを引く。大口径の砲弾が道路、壁、燃えた車の残骸をまとめて穴だらけにして、テウヘルの巨体が瞬時に肉片に変わる。

 しかし──射撃が止まった。まだ聴力が戻っていない。右のモニターで赤いランプが点滅している。

「砲身の加熱?」

 そこまでは考慮していなかった。車両搭載型の機関砲は水冷式とばかり思っていた。

 ンナンが叫んでいる。あまり声が聞こえないが意味はわかった。照準カメラにルガーがいた。しかもこちらを見ている。

「止まれ!」

 ニケが叫ぶ──ンナンは左右のペダルを同時に後ろへ引き車体を急停止させた。

 と同時に砲弾が飛来した。ごく間近を砲弾が通り過ぎ、盛大な爆発でアパートメントの低階層部分がまとめて崩れた。

 今度はこちらの番──左手で刀に触れて冷静さを保つ。砲身の照準カメラは敵ルガーを真正面から捕らえていた──ちがう。戦車は真正面の装甲が厚い。それに加え、いましがた敵が放ったのは榴弾だった。

「今やつが撃ったのは榴弾だったよな」

「え、ええ。きちんとは見えませんでしたが。もしかして可燃性の半可塑性炯素(けいそ)が弱点?」

「ンナン、全速力で前進」

 ニケは敵ルガーのやや上を狙い徹甲弾を放った。狙いは悪くなかったが砲塔の曲面で跳弾した。

「外れです!」

「いや、内部はそうとう揺さぶられているはずだ。今のうちに反撃する。」

 続けざま次弾の榴弾を装填。敵ルガーの側面を捕らえた。そしてやや右下──盾兼脚部の駆動部の半可塑性炯素(けいそ)のチューブを狙った。人工筋肉でありかつ燃料でもある。

 発射──超音速で飛び出した砲弾は間髪入れずに命中した。瞬時に火災が広がり車内にまで届く爆轟と共に砲塔が吹き飛んだ。

「や、やりました! ニケ隊長!」

「いい運転技術だ。次は機械化部隊に志願することだな」

 後続の兵員輸送型の多脚戦車に分乗した仲間も、備え付けられている機関銃でテウヘルの歩兵を蹴散らした。

 ニケは砲塔から頭を出し、ケミカルライトをへし折って仲間に合図を出した。ここまで来て同士撃ちだけは避けたかった。すでに周囲は日が落ちて暗かった。手に持つ黄色の光でニケの顔が怪しく照らされる。土嚢の陰で対戦車ロケット弾を構えている仲間と目が合った。

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