ようこそ診察室へ
私は公立の総合病院に勤務する外科医です。私の外来診察は月、水、金曜日で、私が今の診察室を使い始めて二年になります。
「何かおかしい」と思い始めたのは、一年ほど前からだと思います。『何か』が何なのか具体的に説明できませんが、風も無いのにカーテンが揺れたり、部屋の隅にある丸いすからガタッと音がしたり、書類の並びが変わっていたり、誰もいないのに、人の気配を感ずるのです。同じ診察室を火、木曜日に使用している同僚に聞いてみたら「気にしすぎでは?」と言われました。
それでも、私は何を感じているのか知りたくて、夜間に診察室を密封して、赤外線カメラで室内を撮影したり、高感度マイクで録音したり、色々試してみると、僅かな風の流れを測定する微風速計に、何かの動きを捕える事ができました。もしかするとネズミかも知れませんが、動いている物が確かにあります。
私はその密封された真っ暗な夜の診察室に、大きな懐中電灯を持ち、微風速計と一緒に机の下に潜んでいます。三十分程で小さな音がして、微風速計が反応しました。音がした方を懐中電灯で照らすと、「あっ!」お互い驚きました。
それは二十一年前に交通事故に合って九歳で亡くなった兄でした。兄は九歳のままの姿で部屋の隅の丸いすに、ちょこんと座っています。
「兄ちゃん、何でここに居るんだ」
「お前を守っているんだ。たまにイタズラしても、お前は全然気が付かない」
「兄ちゃんはとっくに亡くなっている、兄ちゃんは幽霊か?」
「俺は言ってみれば、診察室わらしという妖怪だな。お前は私の姿を見たから、これから幸運がやって来るぞ。大体これまで、お前には命に関わる三件の危機があった。これを救ってやったのは俺だぞ」
兄は座敷わらしの様な妖怪になって私を守っているつもりらしいのですが、三件の危機とは何だったのだろう。
その夜、久しぶりに実家の母に電話をしました。兄が妖怪になっている話しは、さすがに出来ませんでしたが、親があまり話さない、兄の事故について聞いてみました。すると母は、いきなり号泣し始め、
「あの頃はお前が小さかったから説明しなかったけどね、お兄ちゃんはあなたが大好きで、可愛がって、いつもあなたを守るように側にいたの。事故はあなたが脇道から大通りに出たところで、居眠り運転のトラックがあなたに向かってきたの。その時お兄ちゃんはあなたを突き飛ばして、変わりに事故に巻き込まれたのよ」
兄は、昔から私の座敷わらしだったんだ。もう十年ご無沙汰の墓参りに行かなくちゃ。何となく、大きな幸運がやって来る気がします。
「ね、兄ちゃん」