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ホワイトブロッサム

作者: 豚しゃぶポン酢

 雪が降りしきるクリスマスイブの夜、住宅街の屋根を渡り歩く一つの影があった。サンタクロース……にしてはやけに動きが機敏過ぎる。どう見ても20m以上の幅を飛んでいる。それにトナカイも居ない。だが恰好はサンタクロースの服そのものであり、大きな白い袋も持っている。

 ある家の屋根まで行くと、その影がピタッと止まった。目的地に着いたのだろう。本当にサンタクロースだったとして、その家には煙突が無いが、どうやって入るつもりなのだろうか。

 するとその男が玄関前に降りて屈みこみ、おもむろにピッキングを始めた。どう見ても犯罪である。数秒後、ドアを開けて家の中へ入っていった。




 少しした頃、サンタが玄関から出てきた。先と同様の作業で施錠し、ジャンプ一つで屋根の上に戻っていくと、奇妙な男が立っていた。黒コートに黒髪、オッドアイの青年だ。


「……ジャック、その恰好は?」


 黒コートの青年が声をかけてくる。サンタの方はジャックというらしい。知り合いなのだろう、笑いをこらえながら言っているのが声から分かる。


「うるさい、これが依頼なんだよ」


 髭のせいか、ジャックからはくぐもった低い声が聞こえる。どうやらこの二人は知り合いらしい。


「とりあえず着替えてくる。あとで『ルーヴィ』に来てくれ」


 そう言い、彼は屋根を伝ってどこかへ行った。『ルーヴィ』というのは繁華街の方にある喫茶店のことである。変わり者と狂人しか行かない、店主の性格がアレ等々、大層評判の悪い店だ。

 つまり、そんなところに行く彼は変わり者か狂人のどちらかである。


「まったく、手間をかけるね」


 黒コートの男は呆れながら、一歩も動くことなくその場から消えた。




 カフェ・ルーヴィは繁華街の大通りに位置する場所に建っている。ただし、先述の通り評判が悪いので客入りはほぼ無い。今の店主が店を継いでからというもの、客が減って今ではロクな人間が来ない。

 現在は夜中であることもあり、店内は薄明かりの中に店主らしい男が一人だけである。そんな時、ドアベルの音と共に、ブラウンのコートを着た男が入ってきた。フードのせいで顔は見えないが、恐らく先ほどサンタの恰好をしていたジャックだろう。


「そろそろ閉店したいんだがな」


 入ってくるなり店主がそうこぼす。そもそもサンタがうろつくような時間まで開いていることがおかしいのだが、この店はどうなっているのだろうか。


「どうせ開けっ放しで寝るんだ、閉店云々なんか関係ないだろ」


 開けっ放しだった。防犯意識の低さに戦慄するが、勝手に使うこの男も大概だ。


「待ち人は?」

「アランだ。どうせドアからは来ないだろうがな」


 先ほどの黒コートの男はアランというらしい。どうせと言われているあたり、それなりに付き合いがあるのかもしれない。しかしドアから来ないというのは不可解だ。だとすれば窓から入ってきたりするのだろうか。


「俺はドアベルの音が好きなんだがね。まあ俺は寝るから後は勝手に使ってろ」


 そう言い、店主は店の奥に引っ込んでいった。もはや突っ込むだけ無駄だろう。


「お・待・た・せ」


 その声にジャックが振り向くと、若干の笑みを浮かべたアランが立っていた。窓は鍵がかかっているし、ドアベルは微量の音すら鳴らしていない。


「待ってない。そもそも先に来て待ってることだって出来ただろ? まあいいや、座れ」


 顔こそ見えないが、声で呆れていることは分かる。そう言いつつも隣席を勧めているあたり、それほど仲は悪くないようだ。


「世間はクリスマスムードだねぇ」


 確かに、ここに来る前にサンタの恰好で不法侵入していたのでそういう時節なのだろう。そういえば「仕事」と言っていたが、もしかすると彼がやっていたのはサンタのバイトだろうか。

 アランのつぶやきを聞きつつ、ジャックはカウンターに入って日本茶を淹れている。何故日本茶が置いてあるのか疑問だが、それよりも勝手に茶を淹れることの方が問題である。と思っていたら、今度はレジを開けて金を入れ始めた。傍から見れば空き巣にしか見えない。


「いいのかい? 勝手にそんなことして」

「構わん。元から適当に値段決めてる奴だしな」


 店の経営に関してはもう言うまでもないが、それで済ませるこの男もかなり適当だ。とはいえ流石に店主も納得の上なのだろう。でなければあの店主なら文句の千や二千は言ってくるだろう。

 そんなこんなしているうちに茶が湧いた。何故かある湯呑みに入れ、アランの前に一つ差し出した。


「どうも」


 アランが湯呑みを手に取り飲もうとしたが、すぐに熱がって舌を出した。何か挙動にあざとさを感じるが、一応アランは男のはずである。ちょくちょく女性のような仕草をすることに加え、顔は中性的であることが拍車をかけているのかもしれない。


「これちょっと熱すぎないか?」


 熱がるアランとは対照的に、一切取り乱すことなく飲むジャック。その様子にアランは少し気色ばんでいる。その様子に少し不思議そうにしている彼を見るに、どうやらいつもその温度で飲んでいるらしい。


「ケーキの一つくらい持ってくればよかったかな、せっかくのホワイトクリスマスだし」


 まだ冷えてない舌を出しながらポロっとそうこぼすアラン。その言葉にジャックが少し反応した。


「材料さえあれば作るぞ」


 その言葉にアランの顔が少し明るくなった。口調や考え似合わないような子供っぽい仕草も見せるが、この男は一体何なのだろうか。

 仕草の後、屋根のときのように動かないまま消えた。材料を取りに行ったのだろう。残されたジャックの方はと言うと、気にすることなく湯呑みに口をつけていた。




 少ししてアランが帰ってきた。手にはケーキの材料を入れた袋を引っ提げている。表情に出るくらいウキウキしている。ジャックの方は三杯目の茶を飲んでいる。


「材料があれば作ってくれるのだろう?」


 ジャックは呆れ半分で聞いていたが、その口元は笑っていた。彼も料理がしたかったのだろうか。


「分かった、しばらく待ってろ」


 そう言い、キッチンで手を洗い始めた。




 アランが茶を三杯飲むあたりで、ケーキのスポンジが焼き上がった。オーブンから引き出した途端、甘い香りが店の中に漂い始める。


「このままでもいけそうだね」


 スポンジ生地を眺めながらアランが感嘆した。確かに見事な仕上がりだ。表面はしっかり焼けていて香ばしい。


「ほら、どいたどいた」


 ジャックが生地を三つに分け、切ったイチゴを間に挟みつつクリームを塗り始めた。パレットナイフを器用に滑らせ、プロのように手際よく塗っていく。


「器用なものだねぇ、パティシエ目指したらどうだい?」

「表稼業も裏稼業も大体のことは出来るんでね、一つの業種に絞る気はない」


 若干得意そうな顔の彼とは対照的に、もったいないと呆れるアラン。それはもっともなのだが、ピッキングから料理までこなせる彼が何者なのかが気になる。

 クリームを塗り終わると、テキパキとイチゴを乗せた。すると、イチゴと共に何か白いものを乗せ始めた。


「それは……花?」


 見ると、バラのような白い花だった。唐突に植物を乗せ始めたジャックに対し、アランは少し困惑していた。


「安心しろ、バタークリームの作り物だ。待ってる間暇だったんでな」


 そう言うとアランが目を丸くした。というのも、色こそついていないもののリアルに作られており、どう見ても本物の花に見えるからだ。これだけ高い技術を持っていながら本当にもったいない。


「よし、完成だ」


 ジャックがケーキから離れて全体が見えるようになると、多くのイチゴと白い花を乗せた見事なホールケーキが姿を現した。


「これだけの技術を欲しがるパティシエが何人いることか……」


 ごもっともな突っ込みをこぼしながら、アランがケーキを眺めている。見た目は店売りのケーキと大差ない。


「『ホワイトブロッサム』……今まで一番の自信作だ」


 どうやらケーキの名前を考えたらしい。直訳で「白い花」とは割とストレートな名前だ。


「何だよ、美味そうなもん作ってんなオイ」


 調理の音で起きてきたのか、店主が店の奥から姿を出した。一緒に食べる気満々である。


「ちゃっかりしてるねぇ。ま、二人じゃ量が多いしね」


 アランが呆れながら茶を淹れ始めた。とんだブーメラン発言である。


「野郎三人でホワイトクリスマスとは妙なもんだな……お、もう零時過ぎたか」


 ジャックが壁掛け時計に目をやると、時計の針は0を通り過ぎていた。つまり、日付が変わったのだ。


「ってことは……」

「そういう事だ」


 アランと店主が何かを察したように湯呑みを持ち始めた。正気の沙汰とは思えないが、湯呑みで乾杯する気らしい。ジャックも湯呑みを持ち、揃ったところでそのまま乾杯をした。


「「「メリークリスマス!」」」」

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